安倍首相が日本再生に向け、発表した“新アベノミクス”。しかし、現実的な施策ではないと、元モルガン銀行東京支店長などを務めた、フジマキこと藤巻健史氏は危惧する。

*  *  *

 先日、(株)フジマキ・ジャパンで弟・幸夫の下で働いていた中村イクコさんが、私の秘書だった平岡さんと一緒に議員会館の私の部屋を訪ねてくれた。その後、私の誕生日にイクコさんからメールが届いた。

「社長、お誕生日おめでとうございます! 先日はお忙しい中、お相手いただきありがとうございました。久しぶりにお会いできて嬉しかったです。議員会館のキレイな建物に癒やされましたが、社長の部屋の汚さで、一気に現実に引き戻されました。現実はキビシイですね」

★   ★
 9月24日、安倍晋三首相(自民党総裁)は党の両院議員総会の後に、「アベノミクスは第2ステージに移る」と述べ、経済推進力となる新たな「3本の矢」として「GDP(国内総生産)600兆円」「子育て支援」「社会保障強化」を掲げた。

 GDP600兆円の目標は内閣府の「中長期の経済財政に関する試算」の「経済再生ケース」に沿って考えられているようだが、このシナリオで名目GDPが600兆円に達するのは今から6年も先(2021年度)だ。しかも、その前提は「名目GDP成長率3%前後」を6年間にわたって持続することだ。これはかなり難しい。

 IMF(国際通貨基金)の想定する日本の現在の潜在成長率0.5~1%を、はるかに超えているからだ。潜在成長率とは、資本、労働力、生産性を最大限稼働して達成可能な成長率であり、中長期的な成長率の“天井”だ。それを持続的に超えるには、かなりドラスティックな改革が必要だ。日本の労働力は毎年0.5%ずつ減っているのだから、ざっくりいってアメリカの2倍ほどの生産性向上が不可欠だ。残る2本の矢の「子育て支援」「社会保障強化」でアメリカの2倍の生産性向上が可能なのか?

 
 さらに「経済再生ケース」では、消費者物価指数(CPI)の上昇率を17年度に3.1%、18年度以降は安定的に2%近辺で推移すると想定している。何度も書いてきたように、そうなると日銀は異次元の量的緩和をやめる。CPIの2%達成のためにやってきたからだ。

 ギリシャよりもはるかに財政事情が悪い日本が、ギリシャと違い「財政破綻の危機」を騒がれなかったのは、ギリシャの中央銀行が政府を助けられないのに対し、日銀は紙幣をいくらでも刷って政府を助けられたからだ。日銀が量的緩和をやめるということは、日銀がもはや政府を助けないということで、日本がギリシャ化するということだ。

 量的緩和の中止により発行額の7割を買っている日銀は国債市場から退場する。長期金利は当然のこととして暴騰するだろう。それなのに、内閣府の試算では17年度の長期金利を1.9%、18年度2.7%、19年度3.4%と想定している。私は印刷ミスで小数点が打たれてしまったのか?と思った。19%、27%、34%の誤りと思ったのだ。

 内閣府の試算も、それに基づいて作られた新アベノミクスも大甘だ。65歳の私が「100メートルを10秒以内で走る」という目標を立てているようなもので、希望的観測どころの話ではない。夢を見せてくれるのはいいが、数字を精査すれば、一気に現実に引き戻される。現実はキビシイ。

週刊朝日 2015年10月16日号

著者プロフィールを見る
藤巻健史

藤巻健史

藤巻健史(ふじまき・たけし)/1950年、東京都生まれ。モルガン銀行東京支店長などを務めた。主な著書に「吹けば飛ぶよな日本経済」(朝日新聞出版)、新著「日銀破綻」(幻冬舎)も発売中

藤巻健史の記事一覧はこちら