現代に伝わる石田三成の宝刀、米国から戻った秀吉からの鎧兜 (2/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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現代に伝わる石田三成の宝刀、米国から戻った秀吉からの鎧兜

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石田三成 子孫石田秀雄いしだ・ひでお/1950年生まれ。石田三成の15代目子孫。慶応義塾大卒業後、三陽商会に入社し定年まで勤める。滋賀県長浜市で営まれる石田三成を供養する法要と、岐阜県関ヶ原町での合戦戦没者のための法要には毎年参加する(撮影/門間新弥)

石田三成 子孫
石田秀雄

いしだ・ひでお/1950年生まれ。石田三成の15代目子孫。慶応義塾大卒業後、三陽商会に入社し定年まで勤める。滋賀県長浜市で営まれる石田三成を供養する法要と、岐阜県関ヶ原町での合戦戦没者のための法要には毎年参加する(撮影/門間新弥)

大谷:木下さんのところは大名家だから、先祖伝来の品々が残っているんじゃないですか?

木下:豊臣姓を天皇からいただいたときに、秀吉からもらった「豊臣」のハンコはありますが、他にたいした物は残っていません。というのも、17代の祖父が借金の保証人のハンコをたくさん押してしまって、大正時代のある日、一斉取り付けにあったからです。10振り以上あった日本刀や、その他の価値のあるものは、全部持って行かれてしまった。初代の延俊(のぶとし、秀吉の義理の甥)が朝鮮出兵のときに秀吉からいただいた鎧兜もあったのだと叔母から聞いていましたが、これについては後日談があるんです。延俊の鎧兜は海外に流出して、最後はアメリカで大分県の方が買い戻したらしい。昭和40年ごろ、私のところに買ってくれないかという話が来ました。

大谷:世界を巡り巡って戻ってきたんですね。買い戻したのですか?

木下:それが、いくらかと思ったら1200万円と言うんです。そのころの私の月給が5万円ですよ(笑)。まったく無理。文化庁の知り合いに話をしたら、調べて本物に間違いないということになり、買い上げてくれました。今は千葉県佐倉市の国立歴史民俗博物館にあります。

(構成 横山 健[カスタム出版部])

週刊朝日 2015年9月4日号より抜粋


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