KK起用に迷いなし PL名監督が明かすNo.1ゲーム

 PL学園野球部で1980年からの在任18年間で58勝(歴代2位)をあげた中村順司監督(69歳、現名古屋商科大野球部監督)。名勝負を繰り返した高校野球界の名監督に、「ベストゲームを挙げてください」とお願いすることほど野暮なことはないかもしれない。それでも聞いてみたい。KK(桑田真澄・清原和博)の時代の一戦か。それとも春夏連覇を達成した立浪和義、片岡篤史、宮本慎也らの時代の一戦か。ノンフィクションライターの柳川悠二氏がその答えを聞いた。

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 ひとつを挙げることは難しいんだけど、どうしてもということなら、1年生だった桑田、清原がデビューした83年夏の池田(徳島)戦になりますね。まあ、先輩を立てなきゃいかんでしょ。

 私は81年、82年と春に優勝することができましたが、夏は大阪大会で負けていた。一方、池田は82年夏、83年春と優勝し、エースの水野雄仁君を擁して3季連続優勝の記録がかかっていた。

 実は準々決勝で高知商業と対戦する前に、この試合に勝てば池田と対戦することが抽選によって決まったんです。バスの中でその知らせを聞いた選手たちは、雄叫びをあげて喜んだ。「選手は王者の池田と戦いたいんだな。私はやりたくないのに」と思ったものです(笑)。高知商業戦は8-0とリードする展開から追い上げられ、なんとか10-9で逃げ切ることができました。池田戦の前、私は選手に対し、「相手投手の水野君も同じ高校生だ。(右打者は)インコースへのシュート気味のボールを思いっきり引っ張れ。右方向は狙わなくていい」と伝えた。すると桑田がまさにそのボールをレフトスタンドに運ぶなど、計3本の本塁打が出て7-0で勝つことができた。その勢いのまま、日本一になったのです。

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