グローバル化社会と呼ばれて久しい日本。しかし、欧米と日本の企業では、さまざまな違いがある。そうした状況に、モルガン銀行東京支店長を務めた藤巻健史氏は、今後の危機を訴える。

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 昨年の衆議院選挙に長男けんたが千葉2区から出馬(あと2千票上回ってくれば比例復活できたのだが、残念ながら次点で落選)したので、応援演説をしたら、けんたに怒られた。

「お父さん、何度も、『みずほコープに勤めていました』と紹介するけど、『コープ』じゃないよ。『コーポ』(みずほコーポレート銀行の略)だからね。『コープ』だと、生活協同組合になっちゃうよ。息子の勤めていた会社名ぐらい、正確に覚えておいてくれない?」

 ごめん、ごめん。しかし、しょうがない。私は、父・邦夫の子供なのだ。東芝に勤めていた経済学部出身の父が私の仕事ぶりを見学に来た時の第一声は「ほ~、これがおまえの勤めるモルガン・スタンレーか?」だった。私は言った。「あのね~、私が勤めているのはJPモルガンなの。モルガン・スタンレーとは別の会社。息子の勤めている会社名ぐらい覚えておいてよね」

 世の中、家内の名前さえ間違えなければ、おおごとにはならない。

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 7月23日付の朝日新聞に「『脱・ロンドン』金融大手視野」という比較的大きな記事が載っていた。欧州最大手の英HSBCや英大手スタンダード・チャータード銀行が本社を英国外に移転するのを検討しているというニュースだ。英国の課税や規制の強化を嫌気したらしい。この記事によると、JPモルガン・チェースも英国にある事業の一部をルクセンブルクに移すことを検討中だそうだ。

 もう時効だから話してもいいだろうが、私が勤めていた時、米銀のJPモルガンは、本店を英国に移そうか?と真剣に検討していたのを知っている。税金対策のためだ。その英国から今度は逃げ出そうというのだから、面白い。言えることは、欧米企業は税率・規制によって簡単に本店を移すということ。国籍は気にしない。私の経験からすると「株主のために安い税金の国に移るのは当然だ」と多くの従業員も考えていた。

 
 JPモルガンのパリ・オフィスに出張した時は、従業員の多くが「JPモルガンはフランスの銀行だ」と思っていたのに驚いた。彼らは企業名はきちんと覚えていても国籍のほうは覚えていないのだ。ちなみに、その時、私は「自分の会社の国籍ぐらい覚えておけよな」とは言わなかった。

 日本の企業は持ち主が誰だかわからない。企業はひょっとすると経営者のもの、ひょっとすると労働者のもの、ひょっとするとメインバンクのもの、ひょっとすると株主のものなのだ。社会資本主義とでもいえようか。一方、欧米企業の唯一の持ち主は、株主だ。まさに株主資本主義といえる。

 日本企業の純利益が欧米企業に比べて1ケタ2ケタ低いのはその差だと思っている。株主のために利益の極大化を目指す欧米企業と、雇用確保などを第一目的として経営する日本企業とでは利益に大きな差が出るのは致し方ない。

 どちらがいいか悪いかは別として、グローバル社会で競争している以上、いずれは日本企業も、欧米式の株主資本主義に変わらざるを得ないだろう。純利益の小さい企業は競争に敗れ退場を余儀なくされるか、吸収されてしまうからだ。

 日本企業が欧米式の資本主義企業に変わっていくならば、国家もグローバルな法人税率引き下げ競争に参加しなくてはいけなくなる。法人税を低くしないと、日本企業も本店を外国に移してしまうからだ。

週刊朝日 2015年8月21日号

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藤巻健史

藤巻健史

藤巻健史(ふじまき・たけし)/1950年、東京都生まれ。モルガン銀行東京支店長などを務めた。主な著書に「吹けば飛ぶよな日本経済」(朝日新聞出版)、新著「日銀破綻」(幻冬舎)も発売中

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