「どうしてあのときあの日本兵たちは『死ぬなよ』と、ひとこと言ってくれなかったんじゃろうか」

 いつも穏やかな祖父が、珍しく怒っている。運命をともにする同志とさえ思っていた。戦争が始まるまでは、ときに言葉をかけあい、弁当を一緒に食べたこともあった。

 けれど、いざ米軍の攻撃が始まっても、日本兵の姿は見えず、いつの間にか住民に何も告げずにいなくなってしまったのだ。せめて一言、軍人としてではなく、同じ人間として「今、死んではだめだ」と言ってくれていたら。そうすれば、罪のない住民が自決で命を落とす必要などなかった。

 戦争の犠牲になった命は、もう戻ってはこない。怒りに見え隠れする深い悲しみは、きっとこれからも消えることはない。

「命(ぬち)どぅ宝だよ、くらら」

 祖父母はいつもそう言っていた。命こそいちばん大切な宝もの。今なら、その言葉の本当の意味が分かる気がする。祖父が、心の痛みを抱えながらも、つないでくれたこの命がいとおしい。

 二度と同じ過ちを繰り返さないために、今度は私たちの世代が語る番だ。70年前に起こった悲惨な歴史を、そして平和への思いを。

週刊朝日 2015年8月21日号より抜粋