黒煙が上がる甲子園。河川敷に建設されたため昔は水はけが悪かった (c)朝日新聞社 @@写禁
黒煙が上がる甲子園。河川敷に建設されたため昔は水はけが悪かった (c)朝日新聞社 @@写禁

 いよいよ8月6日、夏の甲子園が開幕する。さまざまなドラマを刻んだ長い歴史の中から、知る人ぞ知る“トリビア”をお届けする。

高校野球100年の歴史の中で、夏の大会の工業高校優勝は1回だけ

 近年は私学隆盛の高校野球。公立校で見ると商業高校に次いで工業高校も全国各地に強豪校が存在しているが、全国制覇したのは第47回大会(1965年)の三池工(福岡)の1校だけ。同校の監督は巨人の原辰徳監督の父貢氏だった。炭鉱の町の子どもたちの快進撃に応援席は「炭坑節」で沸き返った。また、春も第40回(68年)の大宮工(埼玉)のみ。両校とも初出場初優勝だった。ちなみに三池工は、春夏通じて全国大会の出場は1度きり。夏の優勝校では、甲子園通算勝率10割の唯一校でもある。

◇甲子園球場の内野にガソリンがまかれ、火をつけられたことがある

 完成当初の甲子園は水はけ対策がグラウンドキーパーの悩みのタネだった。雨が降るとグラウンドにたちまち水たまりができた。昭和初期までは、対策として内野にガソリンをまいて燃やしてグラウンドを乾かしていたことがある。黒い煙が上がり異様な光景だったとか。甲子園球場によると「リスクのわりには思ったほどの効果がなかったので、すぐにやめました」。

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