戦地に散った球児たち(5)<作家・木内昇> (2/4) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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戦地に散った球児たち(5)<作家・木内昇>

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 この堂々たる投球に、一遍で魅せられた少女がいた。のちに楠本の妻となる美代子さんだ。親戚に誘われ出掛けた甲子園で偶然目にしたその雄姿が、彼女の内に鮮烈な印象を残したのだ。ただ楠本は、いかにも女子受けしそうな甘いマスクではない。むしろ、どこか野武士を思わせる風貌である。

「おふくろは純粋に、親父の野球をする姿に惹かれたようなんです」(保彦さん)

 その証拠に美代子さんは、以降スコアブック片手に、足繁く明石中の試合に通うようになる。単にルックスでワーキャー言う女子ファンと違い、野球を理解し、選手を野球センスで判じるあたり、当時14歳だった彼女の本質を見抜く目の確かさと賢明さを感じさせる。

 楠本保は、兵庫の魚住という漁村に生まれた。魚住第二小学校野球部時代から、鉄腕ゆえ「テッちゃん」とあだ名されるほど豪速球で知られていた。家は貧しく、比較的裕福な子供たちが通う中学に行ける環境にはなかったが、成績が群を抜いていたため教師からも後押しされ、昭和4(29)年、明石中に進学。野球部に入るや頭角を現し、翌5年の第7回選抜大会では2年生にして投手で4番として活躍。ほぼ無名だった明石中の存在を広く知らしめた。

 甲陽中はじめ強豪揃いの兵庫は、地方大会で勝ち上がること自体が至難の業だった。夏の大会は惜しいところで出場を逃してきた明石中だが、昭和7(32)年、甲陽中を3対0で破り、ついに念願の出場を果たす。


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