作家・北原みのり氏の週刊朝日連載「ニッポンスッポンポンNEO」。北原氏は、安全保障関連法案が強行採決された日に国会の前にいたという。

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 久々に実家に帰ったら玄関の靴箱の上に「戦争させない」と書かれた真っ赤なポスターが飾ってあった。あまりに目立つので、「宅配業者の人とかびっくりしない?」と母に聞くと、「いいの、驚かれても」と言った。母は特に政治的な人ではないので、意外に思っていたら、「国会前に行きたい」と言いだした。安保法案の強行採決の日だった。足の悪い82歳の大叔母が一緒だったので、「どうする?」と大叔母に聞くと「せっかくだから、行きたい」と言う。何がせっかくなのかはよく分からないけど、じゃあ! とタクシーで国会前に向かった。大叔母にとって、国会前で政府に抗議するために立つなんて、人生で初めてだ。タクシーの運転手さんもよく分かっていて、国会前のベストポジションに止めてくれた。降りると辻元清美さんが「終わりの始まりにしましょう」と演説し、おーっ!という声と拍手が響いた。

 この日、NHKは国会中継しなかった。だから私たちの多くは、国会がどんな雰囲気だったかを知らない。後になって野党の議員が必死な顔で「アベ政治を許さない」「戦争させない」というプラカードを掲げ、委員長に詰め寄っていた写真を見て、胸が詰まった。

 
 2011年の原発事故の後から、私は国会前に立ち抗議活動をする機会が増えた。正直、立つだけで何になるのだろう、と思うことがないわけではなかった。結局は数の論理で物事が決まっていってしまう。それでも母や大叔母と国会前に立ち、感じられるものは大きかった。やむにやまれぬ気持ちで集まる人達の熱気、必死な顔でプラカードを掲げる議員、叫ぶ若者たち。まだ諦めなくていいのだ、と思えてくる。「せっかくだから」と足を運ぶような、そんな軽さであっても、やった方がずっといい。玄関の小さな主張だって、やらないよりはきっといい。本当にやばくなった時は、何もできなくなる。そうなる前に、騒ぎ続けなくてはいけないのだと、思えた。

 法案を通したい人たちは、安保法案を「国民を守るために必要な法案だ」と繰り返し語る。友が傷ついてたら助けるのが正義というものだろう!? と何だかいい話のように、語る人もいる。政治家が言うならまだしも、戦争を友だちどうしの争いに例えて、安保法制に理解を示す一般人のブログなど目にすると、国家暴力のすさまじさを知らない平和ボケ野郎! と、ここぞとばかりに私は逮捕経験を活かし、毒づきたくなる。

 82歳の大叔母は戦争を知っている、とは言えない。母も私も全く知らない。だから想像するしかない。過去に起きた破滅を。そして未来に起きるかもしれないことに対する恐怖を、想像するしかない。戦後70年の夏、「戦争反対」なんてことを国会前で叫ぶような時代、社会にしてしまったことを、今から後悔し、軌道修正していくことだって、きっと遅くはないはずだ。

 それにしても、警察を見ると、まだ吐き気がする。私の体における正しい反応かもしれないけど、デモに行くとき、困ります。

週刊朝日 2015年8月7日号

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北原みのり

北原みのり

北原みのり(きたはら・みのり)/1970年生まれ。女性のためのセクシュアルグッズショップ「ラブピースクラブ」、シスターフッド出版社「アジュマブックス」の代表

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