「褒められたことはないんですか?」と訊くと、「ないです。『よくやった』なんてそんなこと言う人、気持ち悪いでしょ」と即答した。今月末から、「若尾文子映画祭 青春」で、若尾さんの出演した映画60作品が一挙公開されるが、転機になった映画は、30歳手前で出演した増村保造監督の「妻は告白する」だとか。

「30歳になったら娘役はできないだろうと思っていたときに、従来の日本映画の女性像とは違う、人間臭い大人の女を描いた作品に出てみないかというお話をいただいたんです。増村監督は、イタリーへの留学経験があったせいか、私の芝居に対して、常に“もっと強く”と指導されていました。朝に夕に、台本のことだけを考え、寝るときも台本を抱きしめて取り組んだ作品が、初めて賞をいただいて。この映画を機に、役柄の解釈の仕方が変わりました」

 厳しい現場を乗り越えられたのは、戦争中、物語の世界に入って、ヒロイン気分を味わうことが、唯一の楽しみだったせいかもしれない。

「疎開先の仙台では、毎日図書館に入り浸っては、文学全集なんかを片っ端から読んでいました。物語の中に自分を投影していたんでしょうね。俳優になってからは、そのときに培った想像力のようなものが、多少は役に立った気がします」

週刊朝日  2015年7月3日号