アジア諸国やアメリカとの軋轢を生んでいる中国の南シナ海埋め立て工事。中国は「工事完了」予告を発表したが、その本当の狙いとは。ジャーナリストの田原総一朗氏が、分析する。

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 6月13日に、私が信頼する中国の事情通から、「中国が南シナ海で進めている岩礁の埋め立て工事をやめる決断をした」と聞かされた。

 中国は南沙諸島や西沙諸島などで、さかんに岩礁を埋め立てて滑走路などの建設を行い、フィリピンやベトナムとの緊張が高まって、アメリカも強く埋め立て中止を求めていた。

 アメリカが中国への圧力を強めたきっかけは、CNNのニュースだという。先月、アメリカの海軍の哨戒機が、中国が埋め立て中の岩礁周辺を飛行した際、中国海軍から「出ていけ」という強い警告を数回にわたって受けた。それまでもアメリカの哨戒機が岩礁周辺を飛行したことは何度もあったが、中国側からの具体的な警告はなかったようだ。アメリカ側はこの警告を重大視して、あえてCNNで放送させた。アメリカ国民の中国への警戒感を高めるために、である。

 そして、中国が埋め立て工事をやめなければ、アメリカは事態収拾のために具体的な行動をとらざるを得なくなる、と中国に迫ったのだという。「具体的な行動」の内容については中国の事情通もつかんではいないようだが、アメリカが尋常ならざる態度を示したことで、習近平執行部と軍との間で方針に差異が生じたのだという。

 
 実は、中国の事情通は、南シナ海で中国が強引な岩礁の埋め立て工事を行っているのを、習近平執行部の戦略だとはとらえていない。さらに、南シナ海でのアジアの国々との軋轢(あつれき)を高める埋め立て工事の強行は、軍の習近平に対する反発だとまで言い切った。外務省筋の中国通の官僚たちにも確かめると、習近平執行部と軍との間にギャップがあること、そして、そのギャップをアメリカ側もつかんでいることを認めた。

 アメリカの中央情報局(CIA)は、当然ながら中国内にもパイプを広めていて、習近平執行部の情報も相当詳しくつかんでいる。そして習近平がアメリカとコトを起こすことを望んでいないことも把握しているというのである。習近平執行部は軍の反発を無理に抑え込むと逆に危ないととらえていて、いわば黙認の形をとってきたというのだ。

 だから、アメリカに事態収拾のために具体的な行動をとらせるなどという状況にはしたくない。アジアでは米中の2大国がお互いを認めることでバランスをとり合っていくというのが中国の戦略であり、そのために南シナ海での岩礁の埋め立て工事をやめると決断したというのである。

 私はこの話に、率直に言えば半信半疑であった。ところが、16日に中国外務省の陸慷報道局長が、南シナ海の岩礁埋め立てについての発表をした。ただし、「工事をやめる」というのではなく、「近く工事が完了する」という内容だった。

「やめる」と「工事が完了する」は大きく異なるが、このことを報じた各紙とも、これが中国の国際社会に向けての重要なサインである、との見方は一致している。事情通は「やめる」ではなく「完了」としたのは中国側のメンツの問題で、ヒートアップする事態の幕引きが狙いだと説明した。

 もっとも米国務省は「軍事拠点化の中止でなければ、地域の緊張の緩和には役立たない」と批判しているが、これも、事情通によれば「23、24日にワシントンで行われる米中戦略・経済対話のためのテーマづくりだ」というのである。

週刊朝日 2015年7月3日号

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田原総一朗

田原総一朗

田原総一朗(たはら・そういちろう)/1934年、滋賀県生まれ。60年、早稲田大学卒業後、岩波映画製作所に入社。64年、東京12チャンネル(現テレビ東京)に開局とともに入社。77年にフリーに。テレビ朝日系『朝まで生テレビ!』『サンデープロジェクト』でテレビジャーナリズムの新しい地平を拓く。98年、戦後の放送ジャーナリスト1人を選ぶ城戸又一賞を受賞。早稲田大学特命教授を歴任する(2017年3月まで)。 現在、「大隈塾」塾頭を務める。『朝まで生テレビ!』(テレビ朝日系)、『激論!クロスファイア』(BS朝日)の司会をはじめ、テレビ・ラジオの出演多数

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