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 デビュー作の文芸小説が話題のお笑い芸人、ピースの又吉直樹さん。作家の嵐山光三郎氏は、文学の才能があると太鼓判を押す。

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 又吉直樹の俳句がはじけて新鮮だ。小説『火花』はべらぼうな傑作で「凄い新人があらわれた」と度胆を抜かれたが、俳句の才もタダモノではない。

 新刊の『芸人と俳人』(集英社)は気鋭の俳人堀本裕樹(40)が又吉直樹(35)に二年間にわたる俳句講義をした対話集で、これから俳句を学ぼうとする人のための入門書として最適である。しかも、中味が濃くただの入門書ではありません。

 又吉氏は子どものころから俳句に対する憧れがあったが、どこか恐ろしいという印象があり、なかなか手を出せずにいた。実力派の堀本氏に会い、俳句の基本を学習して、ミルミル上達していく。

 対話は全十章にまとめられて、なにより堀本氏の教え方がうまい。「いるか句会」「たんぽぽ句会」を主宰し、ひと月に十回ぐらい句会を開いている堀本氏は、俳句結社特有の線香臭さがない。和歌山生まれで、同郷の作家中上健次に私淑して、小説も執筆している。

 教わる側の又吉氏は「愚直なまでに屈折している」という自由律俳句(五七五でなく季語にとらわれない句)をすでに作っていた。「蝉の羽に名前を書いて空に放した」という吟もある。堀本氏は「この句が好きだ」と評価して、蝉の季語が夏であると指摘する。晴れわたる空に蝉を放って自分の心を解き放ちたい、という気持ちに淋しさというかせつなさを感じた。

 こういった達人の解釈を聞くことによって、精神の内奥に潜む空漠の闇が触発される。又吉氏は、子どものころに、実際にこうやって遊んでいた。蝉は七日経つと死ぬというから、自分の名前を書いた蝉を七日後に捜そうと思っていた。

 又吉氏は「ひとり大喜利」のネタとして、こういったフレーズをノート三十冊ぐらいに書きとめていた。もとより言葉に対して敏感であった。各章ごとにふたりは一句ずつ詠む。第一章の又吉氏の句は「銀杏(ぎんなん)をポッケに入れた報い」。小学校一年生のとき、イチョウの実を拾って帰り、強烈な悪臭に悩まされた。堀本氏は「ポケットに銀杏入れし報いかな」ではどうか、と訊く。添削しつつも断言せず、又吉氏の感想を求める。

 ここで「かな」の切字(きれじ)を覚える。「や」「けり」の切字も覚えるが「はじめて切字を使うときは恥ずかしかった」と堀本氏は告白する。古語感覚になれるまで時間がかかる。

 切字を使った名句がいくつも示されて、又吉氏は開眼していく。堀本氏の講義は具体的で解りやすく説得力があり、それに反応する又吉氏は、まっすぐで純情で一途である。

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