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 昔から、“刺激”という言葉が好きだったというのは女優の樋口可南子さん。引っ込み思案な中学生が、部活動で演劇部に入ったのは、内気な自分でも変われるかもしれないという期待があったから。実際、俳優としてデビューしてからは、一作ごとに、想像していたのとはまるで違う刺激を受けているのだという。

「自分がやったことのない役のお話をいただくと、台本を読みながらドキドキッとしたりして、とても魅力を感じます。役者というのは監督にとっての素材なわけでしょう? だったら、いつでも何にでも自在に変われる“鮮度”を保つことが大事なんじゃないか。私はそう思っているんです。自分がフレッシュな素材でいれば、年齢を重ねることに少しも不安はありません」

 芝居の現場、とくに映画の現場では、たとえばロケ地に立つことで、自分が思ってもいなかった感情が湧き上がってくることがある。北野武監督映画「アキレスと亀」以来、7年ぶりの映画出演となった「愛を積むひと」では、「日本で最も美しい村」連合第1号に認定された北海道美瑛町にオープンセットを建て、1年にわたり撮影を敢行した。

「美しい大自然に囲まれているうちに、次第に『この夫婦の過去はどうだったんだろう?』と、台本に書かれる以前のことを想像するようになりました。台本から過去を遡っていく思いがこんなにあると思わなかった。目の前には、十勝岳連峰の山並みが広がっていて、ロケ現場に入ったばかりの頃は、『キレイな山だなぁ』というシンプルな印象だったのが、監督が予告用に、家から山を見ている夫婦のカットを撮ったとき、これが不思議なことに、涙が出てしょうがなくて……。あらためて、自然の中で芝居をやらせてもらえる有り難みを感じました。景色が心に染みて、ずっと芝居を助けてくれていたと思います」

 くるくると変わる表情には、年齢を超えた瑞々しさが溢れる。そのキラキラした好奇心や刺激を求める心が、つまりは“鮮度”となってその見た目に表れているのかもしれない。

「私も、年相応に、衰えは感じていますよ(苦笑)。でも、悔しいから、衰えてこそいいことがあるんじゃないかと探していたんです。そうしたら、若い頃よりも自然に対する観察力が鋭くなっていたり、自然を慈しむ気持ちが前より深くなったりしていることがわかりました。昔は見るものすべてが新鮮で、知らず知らずのうちに自分のアンテナに、いろんなものが引っかかっていた。でも、大人になると、自らアンテナを立てる必要が出てくる。それを面倒くさがってはいけないんです。だって、自分の好きなアンテナが立てられるのが今だから。伸ばすのも自由、引っ込めるのも自由。“私は弱い”“前より衰えている”ってことさえ認めれば、案外、まだ新しい刺激とは出会えるものじゃないでしょうか」

週刊朝日 2015年6月19日号