山藤:そのせいかな、漱石の作品はどこか落語的ですよね。『草枕』の「智に働けば角(かど)が立つ。情に棹させば流される。意地を通(とお)せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい」という冒頭の一節、トントントンというリズムは落語のそれに近い。あと、漱石っていう人は権威におもねらないイメージがあるんですが。

姜:そのとおりです。漱石らしいエピソードがあって。総理主催の集まりに誘われた漱石は断りのハガキを出すんです。「厠に入っていて忙しい」と(笑)。

山藤:それはおもしろい。上流社会にいらっしゃいというお誘いな訳ですよね。

姜:森鷗外をはじめ当時の名だたる文士は参加してるんです。でも漱石は行かなかった。文部省の英文学の博士号も断っています。権威じみたものへの反骨がどこからきているのか僕にはわからないのですが、権威に溺れていないからこそ風刺ができたんだと思います。山藤さんはいかがですか?

山藤:鳥の目で観察をすると、総理大臣だろうが官房長官だろうがしょせん俗物で、かわいく見えてくる。威張れば威張るほどくだらなくて滑稽で、かわいい。

姜:(笑)。やはり漱石的なアイロニーを山藤さんには感じます。

週刊朝日  2015年6月19日号より抜粋