“伝説のディーラー”と呼ばれモルガン銀行東京支店長などを務めた藤巻健史氏は、円安が加速する今、急な消費者物価指数の暴騰を警戒せよという。

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 5月12日、白鵬は栃ノ心に18連勝した。白鵬は栃ノ心には過去17戦全勝だったから勝って当然と思う人も多かったと思うが、北の湖理事長は「勝てば勝つほど、そろそろ負けるんじゃないか、と思うものです」と、その勝利を褒めたという。

 私もモルガン時代、勝つか負けるか、確率的には五分五分の勝負をしてきたから、その心境がよくわかる。14年連続で大勝ちしたが、10年も勝ち続けた後は「こんなに勝ち続けるのは、なにかおかしい、もうそろそろ負けるはずだ」という恐怖にずっとかられていた。

 ところが、2000年にモルガンを退社した後、長期金利は下がり続け、円は強くなり続けて、私は予想をはずしまくった。

 モルガン時代にもらった報酬は、かなりの部分をマーケットにお返し申し上げた。しかし、ずっと思っていた。「こんなに負け続けるのは、なにかおかしい、もうそろそろ勝つはずだ」と(苦笑)。11年10月に75円台をつけた後、ドル/円は円高局面から円安局面へとトレンドを変えた。

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 6月1日、BSフジ「プライムニュース」に出演した。久しぶりのテレビ出演で緊張し、ハイテンションになってしまった。お恥ずかしい。しかし、うれしかったことには「円安局面はまだ第1章第1節にすぎません。異次元の円安の可能性があります」と言って帰宅してみたら、発言時1ドル=124円程度だったが、124.70円くらいに跳ね上がっていたのだ。

 
 ボックスレンジ(値段が一定の間で行ったり来たりすること)が長く続いたので、為替はあまり動かないと思っている読者の方も多いかと思う。しかし「動くときは動く」のだ。

 1980年代、ドル円相場はよく動いた。84年末のレートは1ドル=251.58円、85年末は200.60円、86年末は160.10円、87年末は122円と、毎年約40円ずつ、3年間で130円も円高が進んだ。逆も真なり。3年で122円が251円になっても全くおかしくないと私は思っている。

 ところで86年から89年といえば、バブル期で経済が狂乱したときだ。このときの消費者物価指数(CPI)は全国(総合・除く生鮮食品)で85年2.0%、86年0.8%、87年0.3%、88年0.4%、89年2.4%で、今日、政府・日銀が景気回復のために不可欠としている2%より、ほとんどの期間で、はるかに低い。

 あのときの狂乱経済は、株と不動産などの資産価格の急騰によって起きたものだ。資産価格はCPIの構成要因ではなく、高騰してもインフレとは言わない。ここから推論できることは二つ。一つは「政府が金科玉条とするCPI2%は景気回復にとって必須ではないのではないか」ということ。二つ目は「バブル期にあれほどの金融緩和(利下げ)をしてもCPIが急騰しなかったのは円が暴騰したせいではないか」ということ。

 そうであれば、バブル期同様、資産価格が上昇しているうえに、円の下落が加速しつつある今、ある日、突然CPIが暴騰し、ハイパーインフレへまっしぐらとなる可能性があると、私は危惧してしまうのだ。

(なお、ドル/円予想に関しては、いつもどおり「損したら自己責任、儲かればフジマキの貢献(笑)」のスタンスでお願いします)

週刊朝日  2015年6月19日号

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藤巻健史

藤巻健史

藤巻健史(ふじまき・たけし)/1950年、東京都生まれ。モルガン銀行東京支店長などを務めた。主な著書に「吹けば飛ぶよな日本経済」(朝日新聞出版)、新著「日銀破綻」(幻冬舎)も発売中

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