田原総一朗「辺野古移設問題への沖縄県民の憤りの根源は『琉球処分』だ」 (2/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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田原総一朗「辺野古移設問題への沖縄県民の憤りの根源は『琉球処分』だ」

連載「ギロン堂」

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 沖縄はかつて、琉球王国であった。15世紀初めに尚巴志王により統一され、王国が成立した。だが、17世紀に入ると薩摩藩が侵攻。1872年には、琉球王国は明治政府により琉球藩となった。そして、1879(明治12)年の「琉球処分」で沖縄県として統合された。こうした「処分」に対する憤りと怒りが沖縄の人々の複雑な思いの根源にあるようなのだ。

 1990年から98年まで沖縄県知事を務めた大田昌秀氏は革新系だったが、96年から98年まで首相を務めた橋本龍太郎氏や、野中広務氏、梶山静六氏などとは心を開いてかかわれたという。

 野中氏が以前、私に語ってくれたことがある。

「橋本内閣、小渕内閣のとき、私は沖縄の島を全部訪ね歩いた。そして、そこに住む人々と酒を飲み、とことん話し合った」

 野中氏らは「琉球処分」を知っていたからこそ、沖縄の人々の心を理解しようと努めたし、大田氏も、彼らと心を開いてかかわれた。だが、現在の政府にはそれがない。

 私は、沖縄に行く前は、番組の中で沖縄の人たちから「辺野古への移設はケシカラン」「日本政府は沖縄県民の気持ちをよく考えろ」といった激しい批判をがんがん受け、それらの収拾がつかなくなるのではないかとさえ思っていた。

 ところが、激しい怒りの声はあまり出なかった。パネリストの一人が、こんなことを言った。

「沖縄の街は静かでしょう。クルマがめったにクラクションを鳴らさないんです。乱暴運転をすることはあるが、そんなときにクラクションを鳴らすと、鳴らした運転手のほうがとがめられる。いや、とがめる顔つきをされる。だからクラクションを鳴らさない。沖縄とは、そういうところです」

 だから、地元の声を無視して辺野古移設作業を進める政府に激しい憤りを抱いていても、それがストレートに怒りの言葉になっては出ないということなのであろうか。私は、あらためて沖縄にかかわる問題の難しさを強く感じていた。

週刊朝日 2015年6月19日号


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田原総一朗

田原総一朗(たはら・そういちろう)/1934年、滋賀県生まれ。60年、早稲田大学卒業後、岩波映画製作所に入社。64年、東京12チャンネル(現テレビ東京)に開局とともに入社。77年にフリーに。テレビ朝日系『朝まで生テレビ!』『サンデープロジェクト』でテレビジャーナリズムの新しい地平を拓く。98年、戦後の放送ジャーナリスト1人を選ぶ城戸又一賞を受賞。早稲田大学特命教授を歴任する(2017年3月まで)。 現在、「大隈塾」塾頭を務める。『朝まで生テレビ!』(テレビ朝日系)、『激論!クロスファイア』(BS朝日)の司会をはじめ、テレビ・ラジオの出演多数

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