作家・北原みのり氏の週刊朝日連載「ニッポンスッポンポンNEO」。今回のテーマは、86歳の女性が親の年金を50年間不正受給し逮捕された事件について。

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 86歳の女性が50年前に亡くなった両親の年金を受け取り続け、逮捕された。たまたまつけたニュース番組で、この「事件」はトップニュースとして報道され、女性の本名はもちろん、顔写真は出るわ、住んでいる家の映像は流れるわ、近所の人が「ふつーの人でしたね」「余裕のある生活をしてましたね」なんてコメントしてるわと、大騒ぎだった。

 見ながら、口の中が渇き、手のひらがべとべとしてくる。86歳の女性だよ? こんな高齢の女性を、あのような(経験者は語ります)環境に、どうしても置かねばならない力って、何? 本人は「身に覚えがない」と否定しているそうだけど、そもそも逮捕する必要が本当にあったの?

 私が去年の冬に逮捕された時、なぜこんな目にあうのか全くわからなかった。人の身体を拘束するほどの暴力はない。その国家暴力を発動するには、それなりの根拠と理由が必要で、「住所不定」「証拠隠滅のおそれ」「逃亡のおそれ」という条件がなければいけないと言われている。それでも私は自分の逮捕の根拠を、警察から受けることはなかった。後から弁護士の先生に、私が海外旅行を頻繁にしていることから「逃亡のおそれがある」という条件にあてはまっていたのではないかと、聞かされた。

 
 今回警察は、「証拠隠滅のおそれ」があると考えて86歳女性を逮捕したのだろうが、逮捕前に彼女と警察の間にどんな話し合いがあっただろうか。突然の逮捕だとしたら、女性は、どれほど怖く、心細い思いをしたことだろう。

 それにしても、逮捕される者へのメディアの扱いは本当にひどい。彼女がこれからの人生を安心して生活する環境を根こそぎ奪うカメラに、躊躇(ちゅうちょ)はみえなかった。彼女の家を覗き見するような報道は手慣れたもので、それがまるで報道の自由/権利とでもいうようであった。

 私自身、逮捕を経験しなければ、このニュースを気に留めなかったかもしれない。でも、絶対に間違いを認めない警察の強権、メディアの傲慢と怠慢を身体ごと知った上でこの逮捕を見ると、あまりにも気分が悪くなり、そしてこの国を怖いと思った。

 女性は両親の死亡届は役所に提出していた。ただ行政どうしの横のつながりがないため、年金機構にも死亡届を出さなければいけなかった。うがった見方だが、今年10月から施行されるマイナンバー制、いわゆる「行政手続きにおける特定の個人を識別するための番号」ができたら、きっとこんな“間違い”は起きないのだろうね、と思う。

 どんなズルも許さないシステムの確立よりも、私は多少の間違いがあっても、86歳の女性を拘束することへの躊躇、一個人にカメラを向けることの暴力への嫌悪、そんなことにセンシティブになる社会の方が生きやすいように思う。

 管理される「物」のように私たちが息を潜めてしまう前に、私たちが取り戻さなくてはいけないのは、想像力だ。

週刊朝日 2015年5月29日号

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北原みのり

北原みのり

北原みのり(きたはら・みのり)/1970年生まれ。女性のためのセクシュアルグッズショップ「ラブピースクラブ」、シスターフッド出版社「アジュマブックス」の代表

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