日本の首相として初めて米議会上下両院合同会議で演説をした安倍晋三首相。賛否両論分かれるなか、ジャーナリストの田原総一朗氏はこう分析する。

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 安倍晋三首相が4月29日、ワシントンの米議会上下両院合同会議で演説をした。日本の首相が上下両院合同会議で演説するのは初めてだ。表題は「希望の同盟へ」で、英語による45分間の演説であった。

「戦後の日本は、先の大戦に対する痛切な反省を胸に、歩みを刻みました。みずからの行いが、アジア諸国民に苦しみを与えた事実から目を背けてはならない。これらの点についての思いは、歴代総理とまったく変わるものではありません。アジアの発展にどこまでも寄与し、地域の平和と、繁栄のため、力を惜しんではならない。みずからに言い聞かせ、歩んできました。この歩みを、私は誇りに思います」

 日本のマスメディア、そして特に中国、韓国のメディアが最も気にかけていた部分である。中国国営の新華社通信は、「歴史問題を巡る謝罪を拒み、米議員の批判を招いた」と報じ、「相変わらず侵略の歴史と慰安婦問題についての謝罪を拒んだ」と批判した。また、韓国主要紙は30日付の1面で、「謝罪はおろか自賛だけ……安倍の40分の詭弁(きべん)」(東亜日報)、「慰安婦は言及しなかった」(中央日報)という見出しでいっせいに批判した。

 朝日新聞は、立野純二氏が、「『希望の同盟へ』と題した安倍首相の演説は予想通り、『未来志向』の言葉に満ちている。『侵略』も、『おわび』も、ない。(中略)そこには、米国向けに心を砕く首相と、アジア向けには時に冷淡にも振る舞う首相の二つの顔の落差が浮かび上がる」と評した。

 
 確かに、村山富市元首相の談話にあった「侵略」「植民地」「おわび」「反省」という言葉はないが、私としては、安倍首相なりに、真摯に「昭和の戦争」を反省し、アジアの諸国民に与えた苦しみに対して謝罪しているつもりであるととらえている。

 私が、安倍演説で最もこだわりを覚えたのは、首相が強調する「三つの原則」である。

「第一に、国家が何か主張をする時は、国際法にもとづいてなすこと。第二に、武力や威嚇は、自己の主張のため用いないこと。そして第三に、紛争の解決はあくまで平和的手段によること。太平洋から、インド洋にかけての広い海を、自由で法の支配が貫徹する平和の海にしなければなりません。そのためにこそ、日米同盟を強くしなくてはなりません」

 名指しこそ避けてはいるが、この「三つの原則」が中国に向けられていることは明らかである。そして、中国が原則を破る恐れがあると危惧しているのである。毎日新聞は社説で「中国けん制に偏らずに」という見出しを掲げて「今回の日米同盟強化は、中国をにらんでの打算の産物でもある」と指摘している。

 安倍首相は日米同盟を強化することで、かつての旧ソ連に対するのと同様に中国の封じ込めを狙っている、つまり、第二の冷戦状態を作り出そうとしているのだろうか。 

 確かに、米国が安倍首相を厚遇したのは、18年ぶりに日本がガイドラインの強化を図ったことがあるのだろうが、アフガン戦争にもイラク戦争にも批判的なオバマ大統領が新冷戦体制づくりなど考えているはずがなく、本気で中国の封じ込めなど図っていたら、逆に日本が孤立してしまう恐れがある。封じ込めではなく、日本がアジア太平洋の国々とともに共存していくビジョンづくりにこそ全力を挙げるべきである。

週刊朝日  2015年5月22日号

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田原総一朗

田原総一朗

田原総一朗(たはら・そういちろう)/1934年、滋賀県生まれ。60年、早稲田大学卒業後、岩波映画製作所に入社。64年、東京12チャンネル(現テレビ東京)に開局とともに入社。77年にフリーに。テレビ朝日系『朝まで生テレビ!』『サンデープロジェクト』でテレビジャーナリズムの新しい地平を拓く。98年、戦後の放送ジャーナリスト1人を選ぶ城戸又一賞を受賞。早稲田大学特命教授を歴任する(2017年3月まで)。 現在、「大隈塾」塾頭を務める。『朝まで生テレビ!』(テレビ朝日系)、『激論!クロスファイア』(BS朝日)の司会をはじめ、テレビ・ラジオの出演多数

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