宮本輝の名作「螢川」が生まれたのは奥さんのツッコミのおかげ? 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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宮本輝の名作「螢川」が生まれたのは奥さんのツッコミのおかげ?

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週刊朝日
宮本輝さん(左)と林真理子さん(撮影/写真部・大嶋千尋)

宮本輝さん(左)と林真理子さん(撮影/写真部・大嶋千尋)

蛍川・泥の河

宮本輝著

978-4101307091

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愉楽の園

宮本輝著

978-4167348069

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「泥の河」「螢川」『優駿』『約束の冬』など数々の名作を世に残し、68歳の現在が「いちばん仕事をしている」という作家・宮本輝さん。そんな宮本さんが小説を書き始めたきっかけを林真理子さんとの対談で語った。

*  *  * 
林:有名な話ですけど、若き日の宮本さんが文芸誌を読んで、「こんなものなら自分も書ける」と思って小説を書き始めたんでしょう?

宮本:雨宿りで本屋さんに入って文芸誌を立ち読みしたんですけど、つまらなくて、つまらなくて。そのうちおもしろくなるかと思ったら、最後までつまんなかったの。「これが有名な文芸誌の巻頭を飾る短編なのか。これよりもっといい小説、俺、明日書いてやる」と思ったの。

林:ええ、ええ。

宮本:そのときパニック障害という病気にかかっていて、一人で電車に乗れなかったんです。「この程度の小説で原稿料もらえるなら、俺なら倍ぐらいもらえるやろ。よし、会社やめよう」と思ってほんとにやめたの。

林:広告会社でコピーライターしてらしたんですよね。前職、私と同じ。

宮本:そうそう。まあ、明日には書けなかったけどね(笑)。小説ってどう書くのかなと思って、最初に森鴎外の『阿部一族』のマネして書いたら3行で止まって、次は三島由紀夫の『美徳のよろめき』を参考に5、6行、今度は島崎藤村の『夜明け前』で書いたら、支離滅裂やねん(笑)。こうなったら嘘八百書いてやれと思って、行ったこともないのに、タイを舞台に書いた。ムチャクチャやね(笑)。でも「文學界」の新人賞で最後の8作ぐらいに入ってたんです。

林:すごいじゃないですか。それ、出版されたんですか?

宮本:のちに『愉楽の園』という本になりましたよ。

林:名作に生まれ変わったんですね。

宮本:書きかけのころに家内が、「タイに行ったことあるの? そんな話聞いたことないけど」って言うの。こいつ勝手に読んだなと思って、「行ったことない。ガイドブック見たらだいたいわかるがな」って。落ちたときは「だから落ちたのよ。ザマミロ」って言われて。それで今度は行ったことのあるところを書こうと思って、「螢川」を書いたんです。

林:そうだったんですか。「螢川」の舞台も富山ですし、富山は宮本さんのふるさとなんですね。

宮本:ふるさとというか、中古車ディーラーをしていた父が、地方にも中古車の時代が来ると思って家族で富山に行ったんですね。ところがまだまだ早かった。2カ月ほどで父だけ大阪へ帰って、僕と母は富山で父の仕送りを待つ日々ですよ。

林:ええ。

宮本:初めて富山に行った日も、大阪へ帰ってきた日も大雪。鉛色のどよーんとした雪の1年間だったという記憶があるんですね。「螢川」があれだけ暗いのは、そのイメージをまな板にしているからなんです。

林:なるほど。

宮本:父が富山に帰ってきたとき、天気のいい日は2人でサイクリングに行ったんです。田んぼの道を、母がつくった弁当を持って。この小説を書くために富山を回ったとき、父と一緒に稲穂の中をサイクリングしたり、神社で休憩したりした夏休みの記憶がふっと立ってきたんです。あとになって気づいたんですけどね。

林:小説の最後の場面を読んで、自転車が主人公かもしれないと思いましたよ。

宮本:かもわかりませんね。僕が10歳ぐらいですから、58年前ですよ。それがこの小説の根底にあるのかも。

週刊朝日 2015年5月8-15日号より抜粋


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