福島県在住で会社員の吉川早苗さん(仮名・59歳)は数年前から便意をもよおすたびに我慢ができなくなり、便を漏らしてしまう症状(便失禁)に悩んでいた。徐々に生活にも支障をきたし始めたため、2014年1月ごろ、インターネットで調べ、指扇病院排便機能センター長の味村俊樹医師のもとを訪ねた。

 便失禁とは自分の意思に反して便が漏れる症状を指し、味村医師らの調査によると、日本では推定約500万人が悩んでいるとされる。男女比では女性のほうが多く、高齢者を中心に若者から高齢者まで幅広く患者がいる病気だ。また、多くの患者が「恥ずかしい」などの理由から、家族にも相談することができずに一人で悩んでいる場合が多いという。

 味村医師はこう話す。

「便失禁の場合、命にかかわるという病気ではありませんが、外出先で便が漏れる恐怖などから一切、外に出られなくなる人もいるほどです。また、国内の治療ガイドラインもできていないため、全国的にも便失禁を診療できる病院、医師は少ないのが現状です」

 そんな生活の質を著しく損なう便失禁は、切迫性と漏出性の二つのタイプに大別される。

 切迫性の便失禁は、便意を感じてもトイレに行くまでに我慢ができずに便が漏れてしまうタイプ。肛門を締める筋肉である外肛門括約筋が出産などで損傷していたり、括約筋自体の機能が低下していたりするのが原因だ。

 一方、漏出性は切迫感はないが、自分でも便意に気づかないうちに漏れてしまうタイプ。意識しないでも肛門を締める役割を持つ内肛門括約筋が加齢などで弱ることが主な原因とされる。また、切迫性と漏出性を併せ持った混合型というのもある。

 

「便失禁全体の割合では約5割が漏出性で混合型が約3割、切迫性が約2割といわれています。多くが加齢や出産、手術などが原因とされていますが、原因不明の特発性も存在します。また、直腸の知覚障害や過敏性腸症候群で腸の収縮力が肛門の締める力より強い場合に切迫性便失禁を起こすこともあります」(味村医師)

 治療法は原因や患者によってさまざまあるが、まずは便を固形化する食物繊維の摂取など生活習慣の改善から治療を開始することが多い。ただ、実際にはそれだけで改善することは少なく、次のステップとしては過敏性腸症候群治療薬や止痢剤などの薬を処方されることが多い。それでも改善しない場合は肛門周囲の筋力を鍛える骨盤底筋訓練の一つである「バイオフィードバック療法」が推奨される。

 バイオフィードバック療法とは、肛門に圧力を測るセンサーを入れ、画面で肛門の締め具合を確認しながら肛門の筋肉の収縮訓練をおこなうリハビリ療法だ。画面を見ながら自分の力の加減を見られるので、筋肉の使い方がよくわかる。

 効果があるとされるのは切迫性のみで、自分で動かすことができない内肛門括約筋の機能低下が原因とされる漏出性にはあまり効果がないという。

 切迫性の便失禁だった吉川さんも外肛門括約筋の収縮力が弱く、本人の希望もあったため、バイオフィードバック療法をおこなった。外来で1日30~45分、月1回を計5回続け、週1回だった便失禁が最終的には全くなくなり、安心して生活が送れるようになったという。

「括約筋の訓練は誰でも手軽にできます。ただ、同時に腹筋にも力を入れてしまう方が多いです。そうすると、便が押し出されて逆に悪化することもあるので、バイオフィードバック療法で外肛門括約筋のみに力を入れる訓練が必要になります」(同)

週刊朝日  2015年5月1日号より抜粋