超高齢化社会に向け、高まる在宅医療のニーズに応えるべく、看護師が「手順書」をもとに一定の診療の補助ができる「特定行為」と研修制度が新設される。国は2025年までに看護のスペシャリスト10万人を育成する計画だが、「実情に合わない」など、現役の看護師からは疑問の声もあがっている。

 研修は、315時間の共通科目のほか、特定行為の種類によって、専門科目がある。研修費用は各種助成金もあるが、基本は看護師が負担する。

 神奈川県の訪問看護ステーション「ゆらりん」の林田菜緒美代表は言う。

「私たちがいまの訪問看護業務を行いながら研修に通うのは、明らかに現実的ではありません」

 東京都の訪問看護ステーション「ケアプロ」代表の川添高志さんは内容とコストを懸念する。

「研修を通じて私たちが改めて学ぶことが、患者さんの役に立つならいいのですが。研修コストがかかるだけで、内容はこれまでの『包括的指示』による行為と変わらないという事態は避けてほしい」

 実際は、訪問看護師たちはすでに医師の「包括的指示」に基づき、特定行為にも挙げられる、点滴や薬剤などの投与量の調整を行っている。「包括的指示」と「手順書」による指示で行う行為に、差はあるのか。

 
 看護師の資格としては、すでに1990年代に設けられた「認定看護師」と「専門看護師」がある。両方とも公益社団法人の日本看護協会が運用する資格だ。認定看護師は5年以上の実務経験(うち3年以上はその分野)に加え、指定教育機関での615時間以上、約6カ月の教育が義務付けられ、指導や相談も含めた現場の中心的役割を担う。専門看護師には2年間の大学院教育が義務づけられ、教育者や研究者としての役割も期待されている。いずれも看護のスペシャリストとして活躍しているが、制度ができてから20年たつ現在も、登録者数は認定看護師が1万4千人余り。専門看護師は1400人ほどだ。今後10年で政府が目指す「特定行為ができる看護師10万人」には遠く及ばない。

 都内の病院で主任を務める女性看護師(32)は、この春から認定看護師になるため、病院に在籍しながら研修に通う。病院にとってもプラスになるとして、病院が学費を負担する。彼女に特定行為について尋ねると、率直に教えてくれた。

「緊急性があり、患者さんの要望も強いだろうと思う行為もあれば、医師の手伝いに過ぎない、と思う行為もあります。病院勤務の看護師として、医師の多忙さもわかるのですが……」

 看護教育をリードする聖路加国際大学看護学部の菱沼典子教授は、特定行為の内容に落胆を隠さない。

「現状は、残念ながら、チーム医療の推進というより医師の人手不足を補う内容に終始しています。看取りを含め、これから在宅医療には看護師にもっと踏み込んだ内容が求められていたのではないか。たとえば死亡診断などは、今後切実な問題になるはずです」

 死亡診断は、現在、医師だけに認められている。しかし、今後増える在宅での看取りに寄り添うのは、主に看護師たちになるだろう。巨額の税金を投じて運用される制度が、計画倒れにならないように願いたい。

週刊朝日 2015年5月1日号より抜粋