脳梗塞などの脳血管障害を発症した場合、身体機能を回復するためのリハビリを病院で受けるが、自宅に戻ってから口から思うように食べられず、栄養失調になる人は多い。そこで「自宅に戻ってからの食べるリハビリ」が重要視されつつある。

 菊谷医師のクリニックが担う「訪問リハビリ」に同行させてもらった。都内に住むカズオさん(仮名・69歳)宅で、医師が声を弾ませた。

「前回よりも舌が動く範囲が広がりましたね。いい調子です!」

 医師の言葉に、ベッドの上のカズオさんは、左手の親指と人さし指で丸を作って答えた。

 12年前に初めて脳出血で倒れ、以降も脳梗塞などを繰り返し、13年12月に3度目の脳梗塞を起こして胃ろうが施された。後遺症で右半身にマヒが残り、食べ物を口に含むと右端からこぼれ落ちる。このため1日の食事と水は胃ろうから取るが、「ひと口でもいいから食べたい」というカズオさんの強い希望で、2週間に1度の訪問を受けている。

 医師が口やのどに残された“力”を内視鏡などを使って確認し、そのときの状態に合ったトレーニングを進めている。今は1日1回おやつの時間にペースト状のものを食べ、プリンやゼリーは週1回だけ。それ以上は誤嚥(ごえん)の恐れがあるからだ。一切の食事介助を担う妻(60代)が言う。

「先日、兄弟の葬儀に参列した際の精進落としの席で、夫は親戚が天ぷらやすしを食べる姿を眺めているだけでした。それを見ている私もつらかった。『マグロのお刺し身がどうしても食べたい』と筆談で伝えられたので、すりつぶし、とろみ剤を混ぜた緑茶と一緒に口に運びました」

 食べたい欲求に対応できる工夫を家族にアドバイスするのも、医師の役目だ。病院から自宅に戻ったときの食の形態、食べ方や食べさせ方、姿勢も、人によってさまざま。だからこそ普段過ごす環境のなかで本人だけでなく、家族も含めて指導する必要が出てくるという。

週刊朝日 2015年5月1日号より抜粋