10日、日経平均は一時2万円を超えた。景気の上昇を感じる数字だが、モルガン銀行東京支店長などを務めた藤巻健史氏は「国民生活は地獄に落ちる」危機を指摘する。

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 昨年11月のTBSラジオ「生島ヒロシのおはよう一直線」で「今、日本株を買っていいでしょうか?」と聞かれたので「買いたいのならこわごわ買ってくださいね」とお答えした。日経平均株価は上昇を続け2万円を超してきた。それとともに、アベノミクスへの評価は好転しているようだ。

 これだけお金をジャブジャブにしているのだから、株価や不動産価格の上昇は予想どおりだ。資産価格上昇に伴い景気が良くなっていくのも当たり前の話だ。

 余剰資金が株や不動産の購入に向けられ資産価格が上昇すれば、これらの保有者は儲かった気分になり、消費を増やす。それを見てさらに株価が上昇するという好循環が始まる。これを資産効果という。消費が増えれば、売れ行き上々となった企業はベースアップ(ベア)を行うだろう。

 1985年から90年にかけての狂乱経済はまさにこれだった。余剰資金が外貨に流れれば円安も進行し、日本の提供するモノ、サービス、労働力は国際競争力を増す。日本人労働力が相対的に安くなるので、工場は国内回帰し、地方は活性化するし、人手不足にもなる。この面からも賃金体系全体を底上げするベアは行われるだろう。

 
「アベノミクスで恩恵を受けているのは、大企業や金持ちだけだ。中小・零細企業はベアもなく景気回復を実感していない」という批判がある。しかし、その批判はいずれ収まるだろう。さらなる資産価格の上昇により、前述の好循環が始まっているからだ。世の中全体が好景気に浮かれ始める可能性さえある。

 バブルのときと同じだ。元来、景気回復とは大企業や金持ちが消費を開始することから始まるもので、低所得者層の消費増から始まることはない。高所得者層と低所得者層、大企業と中小・零細企業の景況感の差は時間差の問題に過ぎない。

 それにもかかわらず、私が、異次元の量的緩和に反対しているのはなぜか? 私が「日本株を買うならこわごわ買ってください」と言うのはなぜか? 景気が過熱したときにブレーキが利かないからだ。利かない以上に、ブレーキが存在しないからだ。ブレーキのない車のアクセルを踏み込むほど怖いことはない。

 85年から90年のバブルのときは、「消費者物価指数(CPI)は低迷しているものの資産価格が急騰し、その結果、狂乱経済となっている」ことに気がついた日本銀行が遅まきながらも金融を引き締めた。

 しかし今回は、金融を引き締める手段もなければ、たとえあったとしてもできない。日銀が国債購入を中止すれば(=日銀が紙幣を刷って政府に金を貸すのをやめる)、政府が資金繰り倒産をしてしまうからだ。

 量的緩和は、事後的に評価される。穏やかなインフレのままで出口から出られるのなら大成功だが、ブレーキが利かず悪性インフレになれば、それまでのプラス面はたちどころに吹き飛ぶどころか、国民生活は地獄に落ちる。

 そのときはさすがに株価も急落だ。その事態が1年後に起こるのか3年後に起こるのか。はたまた明日起こるのかはわからない。どうしても日本株を買いたいのなら「その事態に絶えず目配りをしながら買ってくださいよ」というのが「こわごわ買ってくださいよ」の意味なのだ。

週刊朝日 2015年5月1日号

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藤巻健史

藤巻健史

藤巻健史(ふじまき・たけし)/1950年、東京都生まれ。モルガン銀行東京支店長などを務めた。主な著書に「吹けば飛ぶよな日本経済」(朝日新聞出版)、新著「日銀破綻」(幻冬舎)も発売中

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