1990年ごろから普及し始めた温水洗浄便座。訪日した中国人が爆買いするお目当ての“白物家電”としても有名だ。その爽快感と清潔感に病みつきの人も少なくないはずだ。しかし、思わぬ“罠”にかかっている人も多い。

 温水洗浄便座はもともと医療器具として、60年代半ばに欧米から輸入された。その後国内でも生産が始まり、日本で初めて一般家庭用に発売されたのは80年。日本人の清潔志向も追い風になって、右肩上がりの成長を続けてきた。2013年度の国内出荷数量は約425万台に達し、14年3月の内閣府調査によれば、普及率も一般世帯で76.0%。4軒のうち3軒以上の世帯に普及しているといい、日常生活で目にしないことはない生活必需品になりつつある。

 しかし広く普及する一方で、温水洗浄便座に由来する肛門(こうもん)の湿疹や切れ痔(じ)、出血などの悩みも見られるようになった。その原因のほとんどは、温水洗浄便座の「使い方」を正しく知らないことにあるという。

 感染免疫学が専門の東京医科歯科大学名誉教授の藤田紘一郎氏は、こう説明する。

「肛門を含め、人間の皮膚には皮膚を雑菌から守る皮膚常在菌がいて、肌を雑菌に強いpH5.4~5.7に保っています。しかし肛門に何度も温水を当てる、強い水圧で当て続けるなどすると、この菌まで洗い流し、皮膚がpH7以上の中性になる。剥き出しになった中性の皮膚には、雑菌が入り込みやすくなり、肛門が炎症を起こしてしまいます」

 悪化すると、皮膚がジメジメとただれたり、出血やピリッとした痛みが起きたりすることもあるようだ。こうした異変の発生には、便座に腰掛けている姿勢もかかわっている。

「便座に腰掛けると肛門が開き、ちょうど弱まった粘膜が露出するような体勢になります。そのような状態で水の圧力が加わることが、肛門のかゆみや痛みを起こす引き金になるのです」(くらた医院院長で肛門内科を標榜する倉田正先生)

 同じようにお風呂などで体をゴシゴシとせっけんで洗うと、皮膚常在菌のおよそ9割が洗い流され、肌がカサカサに乾燥し、かゆみを伴ってくることもある。元に戻るまでには若い人で12時間、高齢者で20時間はかかるという。昨今話題になった、せっけんで体を洗わない「タモリ式入浴法」は、理にかなっているとか。

 くらた医院では、被害を防ぐため、既にお尻にかゆみや痛みがある患者には、手のひらを丸めた上に水をため、それをお尻にソッと持っていく「手洗い」をすすめているという。 「手洗いに抵抗がある人には、水圧を“やわらかモード”などに弱め、お尻に長時間当てないよう伝えています。症状を起こす人は水圧が“強”だったり、長時間お尻に当てすぎたりしていることがほとんどなのです」(同)

 温水洗浄便座の使用に注意を払えば、軽症患者なら2、3日で症状が消えるという。

週刊朝日  2015年4月10日号より抜粋