西武ライオンズの元エースで監督経験もある東尾修氏は、広島の黒田投手を攻略することが日本野球を変えるとこう語る。

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 広島の黒田博樹のオープン戦の登板内容が素晴らしい。初戦となった8日のヤクルト戦(マツダスタジアム)が4回1/3で39球。2度目の登板となった15日のオリックス戦(同)が6回で77球。1イニングで15球なら、9回完投で135球。それよりもはるかに少ない球数で乗り切った。

 ストライクゾーンの中で球を微妙に動かすことができる。ボール球がないから、打者は初球から振りにいくしかない。待っていたら、追い込まれて後手を踏むからだ。これなら球数はどんどん減っていくよ。甘くなれば打たれるが、制球良く決まるから、打者も対応できない。100球以下で完投することも出てくるだろうし、体の負担も少なくなる。40歳という年齢を考えても、合理的なピッチングといえるよな。

 右打者の懐には、ツーシームがある。これはシュートのように横滑りさせることもあれば、シンカーのように沈ませる球もある。逆に左打者の内側にはカットボールがある。内角にこれだけ投げ切れれば、打者の打撃は窮屈になる。

 オリックス戦では、黒田の術中にはまったといえるデータがある。18アウトのうち11個がゴロアウト。右打者は三ゴロや遊ゴロ、左打者は一ゴロや二ゴロといった引っ張った当たりばかりだった。この結果は何を示すか。打者は「いける」と思って、強振しにいったが、結果は凡打だったということだ。もし、球を引きつけて逆方向に打とうと思っていたら、これだけ引っ張ったゴロアウトは生まれない。自分の打撃をしたはずが、凡打になる。打者も首をひねるはずだ。

 
 メジャーの世界ではストライクゾーンでボールを動かすことが投球の主流となっている。メジャーで、100球前後の球数制限の中で、いかに効率良く打ち取るかを考えたらそうなるのは自然の流れだ。1球でも打ち取れるから三振を狙うより効率が良い。打者が得意なゾーンから1、2個ボールが動けば打者は必ず振りに来る。紙一重ではあるが、制球力があれば、凡打になる確率は高い。「得意なゾーンの周辺に弱点あり」を肌で感じて戦ってきた黒田だから、投球にも迷いはない。

 これだけ球を動かせる日本の投手は今までいなかっただろう。こういったタイプをどう打ち崩すか。各球団も対応に追われる。先日の侍ジャパンの欧州代表との試合を見ても、動く球への対応はできていなかった。

 2013年のワールド・ベースボール・クラシックの準決勝でプエルトリコに敗れた試合でも、相手投手の投球間隔の短さ、そして動く球に対応は遅れた。動く球は日本の打者の弱点にもなっている。黒田をどう攻略するかは、大げさに言えば日本の打者の成長を促すことにもつながる。

 それにしても、かつて広島に在籍していた時はフォーシームを軸にシュート、スライダー、フォークボールの本格派投手だった。だが32歳を過ぎて海を渡り、鮮やかに新たなスタイルを身につけた。本格派が技巧派に転身する成功例だ。ただ、誰もがそうなれるわけではない。黒田を見ていると「ハンドルに遊びがある」といった表現が当てはまるような、投球フォームの柔軟性がある。指先の感覚もなければ、球威を保ったまま技巧を加えることは難しい。黒田の存在は日本野球に一石を投じることになるかもしれない。

週刊朝日 2015年4月3日号

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東尾修

東尾修

東尾修(ひがしお・おさむ)/1950年生まれ。69年に西鉄ライオンズに入団し、西武時代までライオンズのエースとして活躍。通算251勝247敗23セーブ。与死球165は歴代最多。西武監督時代(95~2001年)に2度リーグ優勝。

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