JA全中会長の萬歳章会長 (c)朝日新聞社 @@写禁
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 政府・与党は農協改革のポイントを「骨格」としてまとめている。そこには、農産物販売を担う全国農業協同組合連合会(全農)を株式会社化できる規定を関連法案に盛り込むことになっている。東京大学の鈴木宣弘教授(農業経済学)はこれに危機感を抱いている。

「オーストラリアのAWB(農協的な小麦輸出独占組織)は、農家が株主となって株式会社化しましたが、10年10月にカナダの肥料会社アグリウムに買収されました。すると、1カ月後の11月に、米国資本の穀物メジャーであるカーギルに売り払われてしまった。買収防止策を講じて株式会社化したのに、オーストラリアの小麦輸出は米国の多国籍企業に経営権を奪われてしまったのです」(同)

 そのための地ならしも、改革案に含まれている。

「農協の理事の過半数を経営や農産物販売のプロにしようとしていることに注意すべきです。農地や金銭的な利益を欲しがる企業の代表だけが、農協の理事として入ってくる可能性がある。そうなれば、全農を株式会社化しようとする圧力が、農協の内側から強まっていくでしょう」(同)

 関係者の間で懸念されている悪夢のシナリオもある。それは、全農の子会社である「全農グレイン」が、多国籍企業の傘下に入ることだ。全農グレインは、米国ニューオーリンズ州に世界最大の穀物船積み施設を保有していて、そこでは遺伝子組み換え(GM)作物を分別管理している。

「GM小麦の導入を目指している米国にとって、GM作物を混入しないように管理している全農グレインは不愉快な存在でしかない。AWBのように全農をまずは株式会社化して、その後に買収するというシナリオは十分にありえます」(同)

 今後の日本の農業政策を左右する農協改革関連の法案は、来年度予算が成立した後の5月以降に審議が始まる予定だ。そこには、4月に控えている統一地方選に悪影響が出ないように配慮したこともにじむ。だが、すでに自民党から心が離れつつある農家も出てきた。

「(全国農業協同組合中央会)JA全中や各都道府県の中央会は、長年の関係で自民・公明の与党から離れることはできない。それでも、全国に約700ある地域農協は別。農協は、各農協の組合員に決定権があるので、地域農協がそれに従うとは限らない。それぞれが地域に一番必要とされる政治家を推薦するだけです」(新潟県の農協幹部)

 安倍政権は農業を成長戦略の柱にしているが、国内総生産480兆円(13年)のうち、農業は4兆9千億円(同)しかない。率にしてわずか1%。

 政権の“上から目線改革”に悲鳴を上げる農家たち。農業就業人口239万人(13年)の平均年齢は66.2歳で、高齢化と担い手不足の悩みは、ここ20年ほど変わらぬ重い課題だ。いま本当に必要な改革とは何なのか。新潟県上越市の山間部で農業を営む天明伸浩さん(45)はこう話す。

「農協に求められているのは、農家の支援だけではなく、協同組合として地域の基盤を支える役割です。今回の改革案は、そういった協同組合の考え方を否定するもので、農村に住む人を支援するものではない」

 全国各地の農村を取材してきた農山漁村文化協会の編集局次長の甲斐良治氏も言う。

「米価暴落で1俵(60キロ)1万円を切るなか、宮城県大崎市の鳴子地区では、消費者やおむすびメーカーが1俵あたり2万4千円の価格でコメ農家を買い支えています。この国の食を守るためには、消費者と生産者の協力が不可欠。それなのに安倍政権は、農協や農家を既得権益を持つ悪者というレッテルを貼り、消費者と分断させている。こんな改革が成功するはずがない」

 農村が築いてきた歴史や伝統を無視し、改革を強制する“自称保守”の政治家たち。それを象徴するかのように、関東のある地域農協の幹部は農協改革の動きをこう見ている。

「国は農村を見捨てようとしている」

週刊朝日  2015年3月20日号より抜粋