安倍晋三首相よりも農協改革に熱心と言われる菅義偉官房長官 (c)朝日新聞社 @@写禁
安倍晋三首相よりも農協改革に熱心と言われる菅義偉官房長官 (c)朝日新聞社 @@写禁

 安倍首相は農協を農業分野の「岩盤規制」と位置づけ、2月12日の施政方針演説で「60年ぶりの農協改革を断行する」と宣言した。地域農協の自由度を高めるため、法律で位置づけられている全国農業協同組合中央会(JA全中)の一般社団法人化や、JA全中が持つ地域農協への監査・指導権をなくすことなどを目指している。

 だが、この改革案で安倍政権の目指す「農家の所得向上」にどれだけつながるのかは不明だ。政府の対応も、収拾がつかないほど迷走している。

 自民党内も一枚岩ではない。改革に疑問を感じる国会議員は多く、官邸への不信感は高まっている。

 同党は、1月20日から8回にわたって農協改革等法案検討プロジェクトチームの会合を開いた。出席者数は毎回100人を超え、急進的な改革案に慎重な対応を求める意見が続出した。その様子から、一時は農林議員が官邸の案を押し戻したかに見えた。

 それが2月1日に潮目が変わる。官邸はこの日、同党の農林議員幹部に次の提案を受け入れるように要求した。

[1]JA全中を一般社団法人化する
[2]監査は、民間の公認会計士との選択制に
[3]地域農協の理事の過半数を経営や農産物販売のプロにする

 いずれも政府の諮問機関である「規制改革会議」が提言した内容で、党内の議論で慎重な意見が出たものばかりだ。自民党の農林議員は「党の意見は無視された」と感じたという。

 当然、農林議員幹部が受け入れられる内容ではない。だが、官邸はそれを見越して、4つ目の提案を準備していた。

「3つの項目を受け入れたら『准組合員の利用規制は先送りにする』と言ってきたのです。准組合員の利用規制が法案に入れば、農協の経営は成り立たなくなる。JA全中を農協から外すのか、それとも准組合員規制を受け入れるかを迫られ、結局は各県の農協団体から『JA全中は妥協すべきだ』ということになってしまった」(前出の農林議員)

 農協の正組合員は、専業でも兼業でも、農業を営んでいる人がなれる。一方の准組合員は、農家でない人でも、出資金を払うことで農協が提供するサービスを利用できる仕組みだ。農協にとって准組合員制度は、組織維持のために必要であると同時に、農村地域のインフラを支える制度でもある。官邸はそれを“脅し”の道具に使ってきた。急所を握られた党の農林議員に、抵抗する術は残っていなかった。

 農協の准組合員数は一貫して増え続け、2012年度現在で正組合員の数を約75万人も上回っている。ただ、一般的に准組合員の数が多いのは都市部の農協だと思われがちだが、それは違う。JAグループの関係者は言う。

「東京では、准組合員の数は正組合員の3.5倍ですが、北海道では3.9倍。意外にも、日本一の農業地帯である北海道のほうが准組合員の比率は高いのです」

 規制改革会議は、准組合員の事業利用について、正組合員の2分の1を超えないことを求めている。仮にこの基準が法案で採用されれば、単純計算で北海道の准組合員の約87%、約24万人が農協のサービスを利用できなくなってしまう。

「北海道で准組合員の比率が高いのは、面積の広い町村内にJAバンクとゆうちょ銀行しか金融機関がない自治体もあり、准組合員にならないと生活に困る人が多いためです。そのほかにも、ガソリンスタンドやスーパー、病院なども経営しているので、准組合員でなくなることは、生活の基盤が崩されることになりかねません」(同)

 苦渋の決断を迫られたJA全中も、官邸からの要求を受け入れざるをえなかった。だが、これで農協改革が山場を越えたわけではない。自民党関係者は言う。

「妥協案がまとまって、落ち着いたと考えるのは間違い。官邸がいま農協改革で何を進めようとしているか。それを見極めなければ、日本の農村は壊されてしまう」

週刊朝日  2015年3月20日号より抜粋