※イメージ写真
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 日本人がかかるがんの第1位を占める「胃がん」。診断・治療技術の進歩で、半数以上が早期に見つかり完治が望めるようになったが、胃を切除すれば合併症や後遺症に苦しむこともある。新たな手術法で、手術後の生活の質の向上を目指せるようになった。

 東京都に住む会社員、佐藤真理子さん(仮名・52歳)は、14年7月、胃のむかつきを感じて職場近くの病院で検査を受けたところ、胃の入り口(噴門)付近に早期胃がんが見つかった。担当医からは、胃の全摘を勧められたが、佐藤さんは胃をすべて取ることに大きな抵抗があった。胃がん手術を受けた知人から、手術後に食事が少ししか食べられなくなって苦労した話を聞いたからだ。

 佐藤さんは、胃全摘をせずにすむ方法はないかと思い、インターネットや本を調べたところ、全摘せずに手術できる「センチネルリンパ節生検」というものを知り、慶応義塾大学病院一般・消化器外科教授の北川雄光医師のもとを訪れた。

 センチネルリンパ節とは、がんがリンパ管に入ったときに最初に流れ着くリンパ節で、転移が最初に起こると考えられている。センチネルリンパ節生検は、手術の前にトレーサーといわれる色素やラジオアイソトープ(放射性同位体)を内視鏡で胃がん周囲の胃壁に注入。そのトレーサーが入り込んだ胃周囲のリンパ節をセンチネルリンパ節として判断し、すぐに病理検査して(生検)、がんがないと確認できたらリンパ節は取らず、がんの病巣だけ取るという方法だ。

 そもそも、胃がんの標準治療として早期でも胃を全摘したり大きく取ったりする手術をするのは、一部の人にリンパ節転移が起こっている可能性があるためだ。これまでの画像診断だけでは転移が判定できなかったため、転移している場合に備えて大きく切除していた。

「センチネルリンパ節を正確に見つけ出して、がんの転移がないことを確認できれば、縮小手術が可能になります」(北川医師)

 乳がんや悪性黒色腫(メラノーマ)ですでに保険適用となっていたが、北川医師はこの手法を胃がんに応用できないか、1999年から検討を続けてきた。内視鏡治療では切除できない深さで大きさが4センチ以内の早期胃がんのうち、画像診断でリンパ節転移がないとされた433例を対象に検証したところ、約97%でセンチネルリンパ節を見つけることができ、転移の有無は99%で正確に判定できた。14年1月から胃がんのセンチネルリンパ節生検は先進医療として認められた。

 佐藤さんは、手術前にセンチネルリンパ節生検でリンパ節転移なしと判定された。そのため、胃全摘はせず、腹腔鏡下手術と内視鏡治療を組み合わせて、胃の切除範囲を最小限とする手術を受けることができた。手術後の経過は順調で5日で退院することができ、手術から約2週間で通常の勤務が可能となった。胃のほとんどが残せたため、食事は手術前と同じようにとれて、体重減少もない。

「がんをしっかり治して、手術前とまったく変わらない生活ができていることが本当にうれしい」

 と佐藤さんは喜んだ。

 ただ、センチネルリンパ節生検は、どんな人でも受けられるわけではない。北川医師はこう話す。

「現状、4センチ以上の大きすぎるがんや、一度内視鏡治療でがんを取った人は受けることができません。また、トレーサーを打ち込む場所を間違うと正確な診断ができないため技術が必要で、放射性物質を扱ったりするので特定の施設でのみ受けることが可能です」

 現在、縮小手術をした後の再発の有無を検証する臨床研究が進行中だ。

「この結果が出るまで5年以上かかると思いますが、患者さんごとに適応を慎重に判断して実施することで、根治させ、かつその後の生活の質も維持することができる画期的な治療戦略となるでしょう」(北川医師)

週刊朝日 2015年3月13日号より抜粋