人質事件への安倍首相の対応は…
人質事件への安倍首相の対応は…

 山崎拓(やまさき・たく)元自民党副総裁(78)は「日本アラブ友好議員連盟」の事務局長を務め、中東通として知られる。そんな山崎氏の目には、「イスラム国」による人質事件への安倍晋三首相の対応はどう映ったのか。

*  *  *

 決定的な間違いだったと思うのは、交渉の拠点をヨルダンに置いたことです。ヨルダンは「イスラム国」にとって交戦国。菅義偉官房長官は「シリア臨時大使館がヨルダンにあるから」と説明していましたが、シリアの国内紛争から逃げてきた大使館なんて何の役にも立たない。一方、トルコは「イスラム国」と直接は交戦しておらず、交渉で人質を取り戻した実績もある。本気で人質を救う気があるなら、トルコのアンカラに現地対策本部を置いたほうが実利があったと思います。いずれにせよ、もっと早い時点で手を打つべきだったということです。今回は安倍首相の発言に対し、「イスラム国」がいわば因縁をつけて、ケンカを売ってきた。日本側はそういう展開になるとは思ってもいなかったんでしょうが、不用意すぎました。

 中東問題の根源というのはイスラエル・パレスチナ問題です。イスラエルの背後にはアメリカがいて、パレスチナの背後にはアラブ諸国がいる。これは文明の衝突の問題であり、領土問題であり、人種問題でもあります。イスラエル対アラブ諸国の対立は第4次中東戦争以降あまり表面に出てきませんが、水面下では今も最大の問題です。イスラエルがロビー活動などを通じてアメリカの政治に大きな影響力を持っていることは周知のとおりです。イランの核開発問題やイラク戦争でのアメリカの動きには、イスラエルを守るという動機が働いている。

 アメリカの中東政策は今、明らかに混迷を極めています。03年のイラク戦争では、アメリカはフセイン大統領が大量破壊兵器でイスラエルを襲うことを警戒して戦争を起こした。

 私は当時、自民党幹事長でした。03年2月にアメリカのパウエル国務長官が来日し、私と公明党の冬柴鉄三幹事長、保守新党の二階俊博幹事長の3人はイラクの大量破壊兵器問題についてアメリカを支持するよう、小泉純一郎首相の説得を頼まれました。親しかった加藤紘一氏に相談したら、加藤氏は「大量破壊兵器なんて絶対にない」と言い張る。彼は自らの主張を公表し、世論の顰蹙(ひんしゅく)を買っていました。当時の世論は「大量破壊兵器はあるに決まっている」というものだったのです。

 結局、日本はアメリカを支持し、イラク特措法をつくってサマワに自衛隊を送った。それが果たして正しかったのか……。戦争が終わってみたら、いくら探しても大量破壊兵器は出てこなかった。結果として、「イスラム国」という化け物が出てきてしまいました。シリアにしてもそうです。もともとはアサド政権軍と反政府軍が戦っていて、アメリカでは共和党を中心にアサド政権はつぶすべきだという世論だった。オバマ大統領も軍事介入を示唆していました。

 ところがそこに突然、「イスラム国」が台頭してきた。アメリカは反政府軍を応援するという建前を取りつつ、同時に「イスラム国」とも戦うはめになってしまった。実態はアラブ内部の分裂騒動であり、完全な内乱状態です。アメリカは「世界の警察だから放っておけない」という建前で介入していますが、水面下にはやはり、シリアから近いイスラエルを守りたいという動機があるでしょう。

――中山泰秀外務副大臣は18日、ワシントンで、米国が掲げる「テロとの闘い」で連携していくと表明。ケリー米国務長官に対し、「協調してがんばりたい」と伝えたが、中東の混迷は出口が見えてこない。

 アメリカの中東政策にわが国が追随していくというのは、明らかに国益に反します。いつかはアラブ諸国を敵に回すことになりますし、自衛隊員の命も危険にさらす。後方支援だから武力行使に当たらないということはありません。後方で、昔でいう「兵站」を担当することも戦闘行為の一翼を担っているわけで、武力行使の一環とみなされます。国民にとって、リスキーすぎます。集団的自衛権の行使は他国の国益に資するためにやるわけではなく、自国の国益のために行使するもの。日本国民の生命、幸福追求の権利を守るためだと、安倍首相も繰り返し言っている。もしそれが本心なら、国益に反することをやってはいけない。

 EUの国々がアメリカに追随したとしても、日本までその一員に加わる理由はない。仏教国の日本は、幸いあの地域の宗教対立とは無縁です。日本の役割は単なるアメリカへの追随ではなく、アメリカをいさめる立場であるべきです。

(構成 本誌・小泉耕平、牧野めぐみ)

週刊朝日 2015年3月6日号より抜粋