2025年には65歳以上の約700万人が認知症に──。こんな試算が1月上旬に公表された。だが認知症は発症を先送りできる病気の一つ。そこで高齢大国ニッポンの医療の拠点である国立長寿医療研究センター(愛知県大府市)によって開発されたのが認知症予防対策「コグニサイズ」だ。2014年12月中旬。コグニサイズに取り組む「リフレッシュクラブ2013」のメンバーと共に、実際に参加してきた。

 コグニサイズとは、英語のコグニション(認知)とエクササイズ(運動)を組み合わせた造語。頭を使う課題(コグニション課題=認知トレーニング)と体を動かす課題(エクササイズ課題)を同時にすることで、脳と体の機能の効果的な向上を狙う。

 20~30分の準備体操と筋トレが終わると、いよいよコグニサイズ開始だ。まず参加者が「ラダー」という縄ばしごのような紐を床に並べる。その上を「1、2、3、4、5、6、7、8……」と声に出して数えながら、1マスにつき4歩ずつステップを踏み、次のマスへと進む。これを20分ほど続けた後、クラブのリーダーが新しい課題を出した。数字の「2」と「5」のときだけマスの外側を踏むもので、先ほどより難易度の高い動きが加わったことになる。

 参加者はさまざまだ。スイスイ体を動かせる人もいるが、数字と足の動きがバラバラでぎこちない人もいる。間違えてしまう人もいるが、ガハハと笑ってすませたり、「失敗しちゃった!」と周りの人に照れ笑いを見せたり。動作が止まりかければ、周りの人が丁寧に動き方のコツを教える場面も見受けられた。

 開始から45分でいったん休憩。手首の脈を取り心拍数を測りながら体を休める参加者に話を聞いた。

「家にいてもつまらないし、ここに来て体を動かすのが楽しくて仕方ないの。ここに来ない日は、ボランティアもやっているんですよ」と話すのは72歳の女性。

 76歳の女性は「コグニサイズをきっかけに、よく歩くようになりました。今は毎日1万5千歩ぐらいかな」と言って、歩数計を見せてくれた。驚くことに、デジタルの数字は1万9807歩だ。「今までは、散歩の習慣さえなかったんですよ」と女性は笑う。

「肩こりが治った」という75歳の女性は、「子どもの世話になるのは嫌だし、寝たきりにもなりたくないでしょ。最近はウォーキングをしたり、ジムに通ったりもしているの」と明かす。

 男性の参加者も多い。71歳の男性は、退職後は何もせず家でテレビを見てコーヒーを飲む毎日だったが、クラブのメンバーになって劇的に変わった。「もの忘れとか、少しよくなったと思う」と実感している。

「釣りが趣味でね。釣りをするためには車の運転もできなきゃいけない。80、90歳になっても釣りを楽しむというのが、今の目標です」と力強く話した。

 コグニサイズは、もともとは厚生労働省老健局の健康増進事業の一つ、「認知機能低下予防のための調査・研究」の際に開発されたもので、二つの動作を同時にする「デュアルタスク」の一種。考案者の同センター生活機能賦活研究部の島田裕之部長は言う。

「有酸素運動が認知機能の低下を防ぐ可能性があることは、いくつかの研究でわかっていました。ただ記憶力の向上に関しては良い結果が得られていなかった。そこでわれわれは運動と認知トレーニングという二つの作業を同時にするデュアルタスクで検証をしました。すると世界で初めて記憶力低下を防ぐ可能性があると証明されたのです」

 研究は、脳画像や認知機能テストなどで軽度認知障害(MCI)と判定された大府市在住の高齢者を対象に進められた。協力者100人を50人ずつの2グループに分け、片方のグループは6カ月間にわたって週2回、1回90分間のコグニサイズやストレッチ、筋トレを実施。もう片方は、同じ期間に介護や病気の予防に関する健康講座(60~90分)を2回おこなった。

 終了後、協力者の脳や記憶力の状態を脳画像や認知機能テストなどでチェックしたところ、コグニサイズをしたグループのうち、将来的にアルツハイマー型認知症に進む可能性が高い記憶障害があるMCIの人では、記憶力テストの成績が良くなり、脳の萎縮の進行が抑えられていることがわかった。

週刊朝日 2015年2月6日号より抜粋