円安が進む日本だが、原油安などによるコスト削減などのメリットがあるのも事実。しかし、それを隠し円安対策で補助金を出すことは“バラマキ”だと、“伝説のディーラー”と呼ばれた男、藤巻健史氏は批判する。

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「ミスター円」と呼ばれた榊原英資氏が大蔵省財務官だった1990年代後半、彼の講演を聴きに行ったことがある。マスコミをシャットアウトしていたため、会場の外には「現役財務官が何を話したのか」を探ろうと、数社のマスコミが待機していた。

 聴衆の大多数は日系金融機関に勤務するサラリーマンで、マスコミから逃げるように立ち去ったが、米系銀行のモルガン銀行で大きな勝負をしていた私は、逃げることなく「榊原氏がどう発言したか」をマスコミの方々に教えて差し上げた。

 ここに誓うが、すべて榊原氏がおっしゃったとおりの内容であり、一言も嘘はついていないし、お話しにならなかったことを伝えてもいない。ただ私は自分の都合のいい内容しか覚えられないのだ。頭が悪いものだから、自分に都合の悪い内容はすぐに忘れてしまう。

 オフィスに戻って情報端末を見ていると、榊原氏の講演内容が、私が伝えたとおりに流され、私の願ったとおりに相場が動いていった。読者の皆様は、私の頭の悪さを非難するよりも情報とはそういうモノだと理解されたい。

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 原油価格の代表的な指標であるWTI(ウェスト・テキサス・インターミディエート)の先物価格が昨年末に1バレル=52.69ドルと、昨年6月13日につけた107.68ドルから半額以下に急落している。「逆オイルショック」と言ってもいい。

 世界景気の減速で石油の需要が伸び悩む一方、米国のシェールガス生産の拡大で供給が増えると予想されていることが原因だ。

 しかし通常、このように需給が緩くなると石油輸出国機構(OPEC)が減産を決め価格維持を図るのだが、昨年11月のOPEC総会では、減産が見送られた。「米国のシェールガス開発を遅らそう」というサウジアラビアの戦略のようだ。実際、生産コスト割れした弱小の米シェールガス企業が撤退を始めている。

 原油価格の下落は、輸入国日本にとってはコスト面で朗報だ。また価格下落の結果、米国が40年にわたり規制してきた原油の輸出禁止措置を緩める可能性がある点も日本にとってはありがたい話だろう。

 一方、WTIが100ドルを超えると代替エネルギーの研究が進み、割れると研究が止まると言われているように、長い目で見ると問題も残る。

 ところで昨年12月28日の日本経済新聞の社説は極めて的を射ていた。

「経済対策にバラマキの懸念はないか」というタイトルで、「たしかに日銀の異次元の金融緩和を背景に円安がすすみ、原材料価格は上がった。一方で、足元では原油価格が下落し、ガソリン価格も下がっている。(中略)にもかかわらず、経済対策ではトラック事業者への燃料費支援、漁業者への支援などを盛り込んだ。原油安の利点はいわず、円安の負の側面だけを強調してメニューを上積みするのは理解に苦しむ」。

 円が3割安くなっても原油価格が半分になっているのなら日本の業者にとってエネルギーコストはかなり安くなっているはずだ。それでも補助金? 自民党のバラマキ体質を表す一例だ。自分の都合のいい部分だけに注目して政策を作り、都合の悪い部分には頬かむりするのは確信犯?

週刊朝日 2015年1月30日号

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藤巻健史

藤巻健史

藤巻健史(ふじまき・たけし)/1950年、東京都生まれ。モルガン銀行東京支店長などを務めた。主な著書に「吹けば飛ぶよな日本経済」(朝日新聞出版)、新著「日銀破綻」(幻冬舎)も発売中

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