夫や子どもと暮らしながら外出せず、人との交わりを避ける妻たちがいる。不安定な心でうずくまる女性の存在は、国のデータにも表れない。しかし、なかには「些細な用事でもいちいち夫にお伺いを立てるようになりました。私はまるで奴隷のよう」とまで悩む主婦も。近著『大人のひきこもり』(講談社現代新書)も含め、この問題に20年近く取り組んできたジャーナリスト・池上正樹が追った。

 妻である自分は“夫の所有物”という古い価値観に縛られ、その枠の中で優等生であり続けようと身動きできなくなっているケースもある。

 Aさん(40)は30代まで社会人経験がなく、2人の子を育てる専業主婦だった。何でも夫の言いなりで反論できず、たとえば夫から深夜「迎えに来い!」と連絡がくれば、寝かせた子どもを腕に抱き、車へ乗り込んだ。なのに降りる時にドアを壁にぶつけ、夫に殴られてしまう。いつも夫の顔色を窺い、パニック障害を発症。乗り物に乗れず、食べられず、気力がわかなくなった。

 そんなある日、図書館で一冊の本に出会った。『33歳、子供2人、それでもコピーライターになりたかった』(亜紀書房)。読み進めているうち、著者の女性がかつて自分とまったく同じ状況だったことを確信した。「彼女が主宰する学校のコピーライター体験講座に行きたい」という初めての目標ができ、電車に乗る練習を重ね、途中下車を繰り返して学校へ辿り着いた。通学するうちに元気になり、卒業式ではバニーガール姿で熱唱した。そのころには夫婦の立場が逆転。Aさんが深夜まで飲み、夫に車で迎えに来てもらうまでになった。

 Aさんを動かした本を書いたのは、1989年に女性のためのビジネススクール「アイムパーソナルカレッジ」(東京都港区)を開講した長井和子校長。これまで延べ1800人の卒業生を送り出したが、入学時はAさんのように怯え、寝床から起き上がれない人も少なくないという。

 男性で家事や育児に参加する“イクメン”がもてはやされる時代だが、意外に変わらないのが女性側の意識と長井校長は指摘する。

結婚したら仕事を辞め、出産したら働けないと思い込んでいる。親から受け継いでいたり、テレビの影響だったりします。CMで“奥さん、これがあればラクですよ”と洗濯や食器洗いで登場するのはほとんど女性でしょ。社会からの要求で当然だと思っている。だから、うちの学校では『世間の常識でおかしいと思うことを見つけていらっしゃい』って教えるんです」

 既婚男性が夜飲みに行くのは普通だが、主婦は飲み歩かないのが不文律のようになっている。

「でも、そんなことは日本国憲法のどこにも書いていない。女性が外で働くことに夫の許可を得る必要はないんです。“ガラスの天井”と言いますが、女性は自由に行動しているようでいて、実は見えない天井があり、そこから外には出られない」(長井校長)

 夫の口から何かの拍子にポロリと飛び出す「誰のおかげで食べさせてもらってると思うんだ!」という常套句がある。「よい妻」「よい母」は男性にとっての都合のいい幻想に過ぎないのに、社会は妻がひきこもることをこぞって強制してきたといえないだろうか。

 家事や育児などの隠れ蓑によって顕在化しない「ひきこもり主婦」たちは一体どのくらいいるのか。実態を調査し、皆で議論していく必要があると思う。

週刊朝日 2015年1月30日号より抜粋