東京都に住む広岡啓子さん(仮名・42歳)は7年前、右膝の少し上に約1センチのしこりを見つけた。色は肌色で痛くもかゆくもないが、左太ももにもできたので、近くの皮膚科を受診した。

 医師がしこりの一つを切除して病理検査を実施したところ、悪性黒色腫(あくせいこくしょくしゅ)であることが判明。広岡さんは国立がん研究センター中央病院皮膚腫瘍科科長の山崎直也医師を紹介された。

 悪性黒色腫は、皮膚がんのなかでも増殖スピードが速いことや転移しやすいことなどから悪性度合いが最も高く、「メラノーマ」とも呼ばれる。メラニンを作る色素細胞ががん化したと考えられており、通常メラニン色素を大量に作る。

 そのため、病変部は黒褐色から淡褐色のほくろやしみのように見え、一般には「ほくろのがん」として知られる。しかし、ほくろの細胞ががん化したものではなく、なかには広岡さんのように肌色のものもある。日本人に多い発生部位は足の裏や手のひらだが、粘膜を含め、全身にできる。

 広岡さんのしこりは、山崎医師が見つけたおしりの一つを加えて合計三つ。内臓にがんはなかったが、原発巣(最初にできた部位)不明で皮膚の広範囲に転移しているIV期だった。

 山崎医師は考えられる限りの治療をした。まず手術でしこりをすべて切除。悪性黒色腫では、病変の周囲に1~2センチの余裕を持って切除する「広範切除術」が標準治療だ。その後、再発を予防するたんぱく質インターフェロンを、しこりのあった部分に注射した。

 しかし、すぐあちこちにしこりができる。この病気に対する唯一の抗がん剤であるダカルバジンや、ダカルバジンを含む複数の薬も注射したが、しこりの出現は止まらない。とうとう腸に転移して腸閉塞を起こし、外科手術を受けた。そのころ、新しい薬の第1相臨床試験が始まったので、広岡さんの同意を得て参加した。

「それまでの数カ月、何をやってもだめでした。腸閉塞の時点で余命は数カ月と思われました。ところが、この薬を使い始めて1カ月ほどでしこりが減り始め、6カ月後には完全に消えたのです。副作用はほとんどなく、その状態が5年以上続きました」(山崎医師)

 この薬が、14年7月、世界に先駆けて日本で承認された「ニボルマブ(商品名オプジーボ)」だ。従来の抗がん剤や分子標的薬とは異なる「免疫チェックポイント阻害剤」という新ジャンルの薬で、人間が本来備えている力を助ける「免疫療法」を担うエースとして期待されている。

週刊朝日  2014年12月26日号より抜粋