安藤優子 認知症の母の壮絶な介護を語る (2/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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安藤優子 認知症の母の壮絶な介護を語る

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 施設に入居してもらうことをためらう方も多いと思います。母も、入居当時は、自分の家があるのに住めないという怒りの感情が強く、抵抗もすごかった。だから、今でも「入れてしまってごめんね」という感情がどこかにあります。

 でも、施設にお願いしていることを私は恥じていません。「ママのことは心配しているんだよ」という気持ちは変わりませんから。今も、私たちきょうだいのうち誰かは、できるだけ母のところに行って一食はごはんを食べさせています。毎日関わって、母を見守っていく。施設に入れたら終わりじゃありません。母らしく生活できるように考えています。

 第三者に介護に関わってもらうことをためらう必要はないと思います。

 たとえば入居当初、私から見える母は怒りで鬼のようでしたが、施設の職員が見る母は違いました。「お母さん、笑顔がすてきですね。かわいいですね」と。そう言われて、母は昔と変わっていなかったんだと気づかされました。第三者が入って、私たちの心に、母を見直すゆとりを持たせてくれたのです。あのまま仕事以外の時間、四六時中、母と向き合っていたら、崩壊していたかもしれません。

 ご家族が認知症になると、絶望的になることがあると思います。あのやさしかった母は、毅然とした母はどこへ行ってしまったのかと、私も失望しました。病気のせいとわかっていても受け入れられず、無力感に襲われることもあります。でも、自分やご家族を責めないでほしい。どこかに必ず「らしさ」が残っていると信じてほしいと思います。

 そういう余裕を持つためには、頼れるものはなんでも頼る。使えるサービスは全部使ったほうがいいと思います。申し訳ないと思ってはダメ。そうやって煮つまらないことが大切です。

週刊朝日  2014年12月12日号


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