安倍晋三首相が下した消費税増税の延期の決断。この決断により、日本はハイパーインフレへ明確に舵を切ったと藤巻健史氏は言う。大違いだという国民にとってと政府にとってのインフレの意味とは?

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 安倍晋三首相が消費税増税の延期を決断した。当初から安倍首相は増税をしたくなかったに違いない。国民に不人気だからだ。しかし黒田東彦日銀総裁が、「消費税率引き上げが予定どおり実施されず、国債価格が大幅に下落したら、財政・金融政策で対応するのが極めて難しくなる」となんども発言したように、安倍首相は増税を延期したときに起こりうる国債マーケットの反乱が怖かったのだろう。起こる確率は低くても、もし起こったら、安倍政権や自民党が吹っ飛ぶだけではなく、日本経済もジ・エンドとなってしまうからだ。

 そこで安倍首相は増税反対論を流させ、国債マーケットの反応をチェックした。増税延期の機運が高まっても国債マーケットは崩れる気配がなかったので増税延期を決断した、というのが私の推察だ。もし延期決定のうわさで国債マーケットが崩れそうだったら、その時点で「予定どおり増税実施」と発言すればマーケットは落ち着くと読んだのだと思う。

 安倍首相は国民に不人気な増税を回避できた。そして「増税延期の信を問う」と衆議院を解散した。

「安倍政権はハイパーインフレへ明確に舵を切ったな」と思わざるをえない。1039兆円(2014年9月末)もの借金をしてしまった以上、尋常な方法では借金は返せない。10兆円ずつ返して返済に100年かかるからだ。それもその間、ゼロ金利が続かないと財政は先に破綻してしまう。

 解決方法は大増税かハイパーインフレしか選択肢はない。税金は国民から政府への富の移転だが、インフレも国民から政府への富の移転であり同じ意味を持つ。タクシー初乗り2キロが100万円になれば10年間汗水たらして1千万円ためた人(債権者)は10回タクシーに乗ったら預金はパーだ。一方、1千万円を銀行から借金しているタクシーの運転手さん(債務者)はラッキー!だ。10人お客を乗せれば1千万円は1日で返済できる。インフレとは債権者から債務者への富の移行ということなのだ。この国において債権者とは国民、債務者は1039兆円の借金を抱える政府である。

 国民と政府にとってのインフレの意味は大違いだ。ハイパーインフレで富を没収できれば、増税という国民に不人気な仕事をしなくて済む。ましてやインフレは、初期段階では株も給料も上がるから、国民は喜ぶ(今年、来年の現象だ)。それに加えて“ばらまき”を行えば国民は大喜びだ。いったんばらまいても、どうせハイパーインフレで回収するのだから、政府は痛くもかゆくもない。

 消費税増税先送りは、自民党政権が積み上げてきた膨大な借金を、増税という困難な仕事ではなく、安易なハイパーインフレという方法で解消しようとしていることの表れだ。

 情けないのが日銀だ。「日本の理性たる」はずの日銀は「宴たけなわですが、この辺でお開きを」というべきなのに逆に酒を注いで回っている。10月31日の「さらなる量的緩和」は、政府のお先棒を担いでひたすらハイパーインフレへ突っ走る象徴的な出来事だ。「中央銀行がお金を刷りまくった結果はハイパーインフレになる」とは歴史の教えるところだ。政府・日銀は歴史に学ばないのだろうか?

週刊朝日  2014年12月12日号

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藤巻健史

藤巻健史

藤巻健史(ふじまき・たけし)/1950年、東京都生まれ。モルガン銀行東京支店長などを務めた。主な著書に「吹けば飛ぶよな日本経済」(朝日新聞出版)、新著「日銀破綻」(幻冬舎)も発売中

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