世界文化遺産としても知られる伝統芸能・人形浄瑠璃文楽。とっつきがたいようなイメージもあるが、韓流歴史ドラマのようにわかりやすく、楽しめるものもあるという。そんな文楽作品を、次世代を担う文楽太夫の一人、豊竹咲甫大夫さんが紹介する。

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「コレ乳母(うば)、俺もあの狆(ちん)になりたい」

 東京の青山にある鮨屋「海味(うみ)」にお邪魔したときのこと。大将が若い衆に「おい、センマツくれぇ」とおっしゃったので、「その意味、ご存じですか?」って訊(たず)ねると、「身代わりになった伊達家の騒動の話ですよね?」と返ってきた。教養の深さに流石(さすが)だなぁと唸(うな)ってしまいました。

 センマツとはシャリのことで、鮨屋で温かいお茶を「アガリ」、醤油を「ムラサキ」というように職人の間で使われる符丁の一つ。そう、実はこれ、十二月に東京で上演される演目「伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)」の一場面から生まれた言葉なんです。ご飯が炊けるのを待つ幼子・千松が「侍の子といふものは……お腹が空(す)いても、ひもじうない」とやせ我慢をする姿から、米をセンマツと呼ぶようになりました。使いたくなるトリビアでしょ?

 作品自体も興味深く、江戸時代に実際あった伊達騒動がモチーフ。奥州五十四郡の主君となった幼き鶴喜代が、お家の乗っ取りを企てる一味によって命を狙われるというストーリー。

 通称「まま炊き」と呼ばれる場面(御殿の段)では、乳母である政岡が若君を我が子・千松とともに御殿の奥にかくまい、身の安全を考えて、配膳される食事には手をつけず、茶道具(!)を使ってご飯を炊くなど、母親として家臣としての責任感が抜群。機転を利かせて罠をかわしていきます。それでも作れるものといえば、おむすび程度。食事の回数は減っていき、若君は空腹のあまり、おさがりのご飯をもらう狆(愛玩犬)を見て、「俺もあの狆になりたい」と羨ましがるほどに。本来なら胸が締めつけられるほど悲しい状況ですが、子どもの純粋無垢なセリフに会場からはクスクスと笑いが起こる、聞きどころでもあります。

 一方で、横領一味の行動はどんどんエスカレート。源頼朝公からの差し入れと称し、若君に無理やり毒入り菓子を食べさせようとするのですが、政岡が自分の息子である千松に日頃から毒見するよう教え込んでいたため、若君の代わりに千松がそれを食べ散らかし、毒に苦しむのです。毒殺計画がバレることを恐れた一味は慌てて千松に刃を当てますが、その様子を見ても政岡は動揺せず、涙ひとつ見せない。まさに、主君に忠義を尽くすプロフェッショナル。一味が去った後にようやく実子の亡骸(なきがら)を抱きかかえ、「コレ千松、よう死んでくれた、出来(でか)した出来した」と抑えていた感情を露(あらわ)にし、「三千世界に子を持った親の心は皆一つ……」と泣きくれるのです。伽羅先代萩は全段務めたことがありますが、この山場は三味線も太夫の語りも難しく、一番盛り上がるところ。見逃せません!

 勧善懲悪な内容は、韓流歴史ドラマみたいに分かりやすく、感情移入がしやすいはず。また、ご覧になって政岡の品格から色んなことを学んでいただきたい。だって、どの社会でも自分の感情を押し殺して組織のために尽くさないといけないことだらけ(笑)。物事をスムーズに進めるためには、ポーカーフェースでいないといけませんからね。

(構成・嶋浩一郎、福山嵩朗)

豊竹咲甫大夫(とよたけ・さきほだゆう)
1975年、大阪市生まれ。83年、豊竹咲大夫に入門。86年、「傾城阿波の鳴門」おつるで初舞台。今回の「伽羅先代萩」では竹の間の段で政岡役を務める。

※「伽羅先代萩」は12月4~16日、東京・国立劇場小劇場。午後5時開演。5、7、8、12、14、15日は午後2時開演。詳細は国立劇場チケットセンター(ticket.ntj.jac.go.jp)。

週刊朝日  2014年12月5日号