松坂大輔ソフトバンクへ「最多勝争いする力ある」と東尾修が太鼓判 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

AERA dot.

松坂大輔ソフトバンクへ「最多勝争いする力ある」と東尾修が太鼓判

連載「ときどきビーンボール」

このエントリーをはてなブックマークに追加
週刊朝日#東尾修
日本復帰が報じられる松坂大輔投手 (c)朝日新聞社 

日本復帰が報じられる松坂大輔投手 (c)朝日新聞社 

 元西武ライオンズのエースで同チームの監督も務めた東尾修氏は、日本球界に9年ぶりに復帰する松坂大輔について、「結果を出せる要素はそろっている」という。

*  *  *
 メッツからFA権を得た松坂大輔が日本球界に復帰し、ソフトバンク入りすることになった。10月中旬かな。一度だけ、ボストンにいる大輔と電話で話をした。「元気か?」の声に「ハイ!」と調子よく答えていたけど、日本に帰ってきたら、食事でもしながらゆっくり話したい。

 彼の投球はテレビでもずっと見てきた。彼が西武からレッドソックスに移籍した07年の6月だったかな。本拠地フェンウェイパークの右翼のブルペンで彼の投球を間近で見たよ。本当は部外者が入ってはいけなかったらしいが、私はそんなこと知らなかった。今回の日米野球で監督を務めたレッドソックスのジョン・ファレル監督が、当時は投手コーチ。「気づいたことがあったら彼に何でも言ってほしい」と言われた。指摘したのは、技術的な部分以上に「打者に向かっていく威圧感がまったくない。打者に向かって集中する姿がない」ということだった。

 だけど、それは贅沢な悩みだったな。09年の夏にリハビリ中の大輔の陣中見舞いにいった時には「股関節を故障してしまって……」という声を聞いた。聞けば、3月の第2回WBC前に痛めたのに、黙って代表でプレーしたらしい。下半身が動かなければ、より上体に頼る。肩や肘の負担は増す。その後の右肘の手術につながった部分はあるだろうな。ここ数年は、彼にとって苦難の連続だったろう。

 力が衰えたとは思わない。今年は先発と中継ぎ両方で使われ、しかも100球近くブルペンで投げてから、マウンドに立ったこともあったと聞く。それでは本来の力は出ないよ。ボール自体に力はある。日本に帰っても、先発で常時145キロ以上を出せるだろう。さらに、大リーグ公式球よりも、日本の統一球は扱いやすい。制球に苦しむことも少なくなるはずだ。年間しっかりローテーションで回れば、最多勝争いをするだけの力は十分にあるよ。

 ただ、彼は8年間メジャーの舞台で戦った。硬く、傾斜のきついマウンドで、だ。それに慣れた選手が再び日本に戻ると、マウンドには苦労するだろう。われわれの現役時代よりは硬く傾斜がついたとはいえ、日本の球場の傾斜は、メジャーの球場とは比べものにならない。土質だって違う。

 日本のマウンドでは、踏み出した左足が地面についてから滑る。それも利用して、どれだけ下半身で粘って体重移動し、打者の手元でボールをリリースできるかだ。投球フォームの見直しも含めて、どれだけ適応するかが問題になる。

 日本球界ではソフトバンクとDeNAが大輔にオファーを出していたが、その両者なら、「結果を出す」という意味で、ソフトバンクのほうがいいと個人的に思っていた。なぜなら、本拠地ヤフオクドームは、横浜スタジアムよりマウンドに傾斜があり、硬さもあるからだ。そして球場も広い。打線も12球団一だ。結果を出せる要素はそろっている。

 大輔にとって、日本復帰1年目で結果を出すことが必要だ。野球ファンには、ここ数年の成績だけを見て「もう峠は過ぎた……」などと思う方も多いかもしれない。だからこそ、いい意味でファンの予想を裏切ってほしい。長く太く野球を続けて、200勝を達成してもらわないと。彼がどういった理由で決断したのか。日本に帰国して報告があるまで、楽しみに待つよ。

週刊朝日 2014年12月5日号


トップにもどる 週刊朝日記事一覧

東尾修

東尾修(ひがしお・おさむ)/1950年生まれ。69年に西鉄ライオンズに入団し、西武時代までライオンズのエースとして活躍。通算251勝247敗23セーブ。与死球165は歴代最多。西武監督時代(95~2001年)に2度リーグ優勝。

続きを読む

関連記事関連記事

このエントリーをはてなブックマークに追加
あわせて読みたい あわせて読みたい