名前、年齢、趣味……。自己紹介でするものといえば、それ以外に職業があるが、なぜそれを伝えるのか。作家の室井佑月氏はそれが自分自身だという。

*  *  *

 一人息子が寮のある学校へいってからというもの、近所のバーへ飲みにいく。何回かおなじバーに通っていたら、飲み友達ができた。

 お洒落して繁華街にいくのではない。ラフな格好で、酒を飲みにいくというより、誰かとおしゃべりをしにいく。週に1回の部活動のように。

 そのバーの真ん中には大テーブルが置かれてあり、自然に集まってきた人みんなで飲むことになる。

 ママが初対面の人同士を、軽く紹介してくれる。「この人、ヤマちゃん」くらいの紹介の仕方。それでも話をしているうちに打ち解けて、自分の職業をいう人は多い。職業をいうことで、自分はどういう人間であるのか、簡単に説明しているんだろう。

 ご近所さんには、サラリーマンも、レストラン経営者も、外国の方もいる。考えてみたら、あたしは水商売とマスコミ業界しか知らない。違う世界の人と話をすることは、とても面白い。

 ある日、地元ネタ、あそこのマンションは隠しているけど自殺者が多いなんて話で盛り上がっていたら、ふと、「私は公務員です」といっていた若者が、

「ほんとうは私、防衛省に勤めているんです」

 そう告白してきた。

「室井さんは自衛隊に対し、もしかすると否定的なのかもしれないと思って」

「憲法解釈の変更による集団的自衛権の行使容認に、反対しているから?」

 あたしがそう答えると、若者は困った顔をした。

 だから、あたしは説明した。この国の縁の下の力持ちである自衛隊に、あたしが悪い感情を持っているはずがない。官僚や政治家が外交努力を怠って、簡単にあなたたちの命を差し出そうとするのが厭なのだ。あなたたちは、この国とこの国の国民を守るという正義感に燃え、自衛官をしている。けれど、きっとこのままではアメリカに命じられるまま、説明のつかない正義の下、海外の戦場に送り出されることもあるかもしれない。

「それでいいの?」

 彼に訊ねた。彼は、

「そのことについて話をするのは不味(まず)いので。でも、ありがとうございます」

 そういってにっこり笑った。「またここで飲みましょう。おやすみ」、お互いに良い気分で別れた。

 誤解されていることでも、話せばわかってもらえることもある。 

 国だって数人のトップの人がきりもりしているわけで、自衛官に命を差し出せと簡単にいう前に、外交で血の滲むような対話努力を行って欲しい。

 ぜんぜん、話は変わるけど、寝る前に思った。人が自己紹介のとき自分の職業を相手に伝えるのは、長くつづけた職業は、その人自身であるからだ。

 だとすれば、収入のことだけでなく、安定しない、パートなどの非正規雇用が増えるのは悪いこと。非情な社会に、人間のパーソナリティーを奪われてしまう。奪われた人は生きづらいに決まっている。

週刊朝日  2014年11月28日号