詩人・谷川俊太郎「僕は言葉や詩を信用していなかった」

週刊朝日
 海、畑、学校、路上などで生きる人々が、それぞれの言葉で、谷川俊太郎の詩で、生きる苦しみと歓びを伝える映画「谷川さん、詩をひとつ作ってください。」が、15日(土)から全国順次公開される。その主役である谷川さんに直撃した。

「詩というのは、書いた以上は、他人のもの。読者のものになるのが理想です。私有うんぬんなんて、著作権上の問題でしかない。以前、若い人たちが僕の詩を起点にして詩を連ねていくプロジェクトがあったんですが、そのときもただ嬉しいだけで、自分の詩が壊れて困るとか、そんなことは一切思わなかったです。もともと僕は、誰が作ったかわからない作者不詳の作品に憧れていて、できるだけ作者が見えない作品を書きたいと思っている。マザーグースなんかがそのわかりやすい例ですが、要するに、芸術っていうのがあまり好きじゃない。どちらかというと職人的な仕事の仕方のほうが好きなんです。でも、それじゃなかなか人が認めてくれないから、ちょっと芸術家面して著作権をいただいたりとか、だいたいが、そんな感じです」

 映画「谷川さん、詩をひとつ作ってください。」は、農家や漁師、日雇い労働者、女子高生や巫女といった“自分の言葉を持つ人々”の日々の姿を追い、そこから谷川さんが新しい詩を創り出すまでを捉えたドキュメンタリーである。「他のいろんな商売の人と一緒に詩人を扱ってくれたことが、私にとってこの映画の一番の魅力です」と語る谷川さんは、映画を観て、どうも自分が浮いてしまっていると感じていたとか。

「身体を使ってお金を稼いでいる人たちは、姿も言葉もとても具体的なのに、僕のように言葉だけで生きている人間は、存在も言葉も何だか抽象的な感じがする。詩人なんて、具体的に生きている人たちに基本的には負けていると僕は思うんです。ただ、言葉だけで勝負することはそれなりに大変で、僕の場合ははじめから言葉や詩を信用していなかったことが書くエネルギーにつながっていたようなところがある。生まれてくる言葉に対して、ああでもないこうでもないといちいち否定して、“これじゃどうしようもないから、違う書き方をしなければ”と思いながら、前に進んできたような気がします」

 自分の詩が及ぼす影響力については懐疑心を持ちつつも、「谷川さんのこの詩の、この一行に救われました」という感想を聞いたりすると、「詩を書いていて良かった」と素直に思うのだそうだ。最近は、注文があって書くだけではなく、普段から自由に詩を書き留めるようになった。「年を取って擦れてきたせいか、詩がうまくなったのかもしれない。最近はもう“なんでもいいんじゃない?”みたいなところがあるから」

 この先、どんな詩を作っていきたいか訊ねると、「より新しく美しい言葉、いや、美しい生き生きした言葉……かな。でもそれは単語じゃなく組み合わせなんです。使い古された単語をうまく組み合わせて、新しい美しいものを作るのが、詩の基本ですから」と答えた。詩人が見つめる未来──。抽象的かもしれないけれど、そこにはいつも“希望”がある。

週刊朝日  2014年11月21日号

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