焼けるような日差しが照りつける2年前の真夏。76歳の女性が、自宅に帰れず道に迷っていた。何度も同じ道を行ったり来たりする姿を見て、おかしいと気づいた中学生の少女が話しかけた。

「大丈夫ですか?」

 そっと尋ねると、女性は言った。

「ここはどこね。延命公園まで行ったら道のわかるとばってん……」

 女性は初期の認知症で、自宅のある場所がわからなくなっていたのだ。

 少女は友人らとともに、女性を公園まで案内した。しかし、公園に着いても自宅がわからない。そこで、警察署に連れていくことに。女性は名前と自宅の住所を覚えていたため、署員によって無事に自宅へ送り届けられた。

 これは、福岡県大牟田市で実際にあったエピソードだ。この女性は「たまたま優しい子に声をかけられた幸運な人」だったわけではない。大牟田市は、認知症の人への声掛けが「当たり前」におこなわれるまちなのだ。

 同市では、「認知症の人が徘徊(はいかい)しても安心なまち」を目標にしたまちづくりをおこなっており、10年前から年に1回、「徘徊模擬訓練」が実施されている。これは認知症の高齢者が行方不明になったと想定し、認知症役の高齢者を住民が捜索するシミュレーションだ。今年は約3千人が参加した。

 先ほどの中学生も、この訓練に参加した経験があり、女性を見てピンときたという。保健福祉部長寿社会推進課の新田成剛(せいご)主査はこう話す。

「訓練の参加者は年々増えていて、認知症に対する理解が深まっているように思います。また、行方不明者が発生した際は、地域ぐるみで捜索し、素早い保護につなげる『高齢者等SOSネットワーク』を構築しており、これが徘徊しても安全なまちづくりに役立っています」

 SOSネットワークは、福岡県警が事務局となり、市民の行方不明者の届けが出ると、市や消防署、郵便局、JR、タクシーなどに名前や衣服などの特徴がファクスで伝えられる。さらにスーパーやコンビニのほか、状況に応じて大牟田市外へも伝達され、市民にも「愛情ねっと」というメールサービスで同様の情報が伝わる。

「毎年15~30人程度の行方不明者が出ますが、SOSネットワークにより、ほとんどの人が概ね24時間以内に保護されています」(新田主査)

 認知症をわずらう高齢者の徘徊が社会問題になっているなか、市の取り組みは「大牟田モデル」と呼ばれ、全国に広がっている。

週刊朝日  2014年11月21日号より抜粋