ずっとミュージカルが好きだった。歌舞伎役者・尾上松也のミュージカルに出たい、という願いがかなったのは2年前。「ボクの四谷怪談」という橋本治さん脚本の“騒音歌舞伎”(ロックミュージカル)に出演したときだ。昨年は、フランス発の「ロミオ&ジュリエット」でロミオの友人・ベンヴォーリオ役を演じ、今年は、俳優2人とピアノ1台だけで100分間の心理劇を綴っていく「スリル・ミー」に出演する。

「歌舞伎もミュージカルも同じ演劇。演じる上で、とくに意識が変わることはありません。むしろ僕の場合、歌舞伎役者としての経験値のようなものは、いったんゼロにしてから、役に取り組むようにしています。ただ、そうやって意識としては無の状態で挑んでも、どうしても出てしまう何かがあると思うし、今回僕にオファーが来たのは、その“違和感”を面白いと思ってくださったのかもしれないな、と」

 六代目尾上松助を父に持ち、5歳で初舞台を踏む。20歳で父親を亡くし、それまではずっと、決められたレールの上を進んでいるだけだったが、大きな後ろ盾をなくしたことで、「自立しなければ」と強く思うようになった。2009年からは、自ら座頭として、歌舞伎を観たことのない人にもわかりやすい内容の公演を企画するように。その自主公演は、もう6年続いている。

「外部の舞台はもちろんですが、自主公演のときも、毎年自分自身のハードルは上げるようにしています。“大丈夫かな?”と不安になるような状況に自分を追い込んでいかないと、居心地のいい環境につい甘んじてしまう性格だってことを、自分でもよくわかっているので」

 役者として、しっかりとした展望や見解を口にしながら、ときどきふと漏らす本音に、青年らしい親しみやすさが感じられる。バラエティー番組への出演も増えているが、この素直さこそ、共演者に愛されるゆえんなのかもしれない。稽古についても、「正直、あんまり好きではないです」と苦笑いしながら言った。

「でも、稽古をしないと不安だし、やっていて気づくことはたくさんあるんですよ。今までの芝居でも、“あ~楽しかった”って終わったことは一度もなくて、一度は壁にぶち当たる。でも、だからこそ終わった後に、何かが得られるんだと思います」

 今回出演する「スリル・ミー」は、作品そのもののファンも多く、今回が5回目の上演になる。トリプルキャストで、一つの役を3人が公演ごとに交互に演じるが、一つの演目を毎回違うキャストで演じることを彼は、「歌舞伎的」と表現した。

「歌舞伎も、同じ役のときは、同じ台詞、同じ動きをしているはずなのに、必ず役者の個性が出る。そこに繰り返し上演される芝居の面白さがあると思うので」

 個性か爪痕か違和感か。そうやって彼は作品に“何か”を残していく。

週刊朝日  2014年11月14日号