元日本推理作家協会理事長で『百舌の叫ぶ夜』などの著書を多数生み出している逢坂剛さんは、神田の古書店街は私の書庫みたいなものだとこういう。

*  *  *

 私は子どものころから神田の古書店街が好きでした。学生時代はもちろん、神田にあった広告会社の博報堂に入社後も、仕事帰りに毎日、古書店を回って帰宅していました。今でも事務所は神田神保町ですから、昼食のついでに見て回ります。古書会館で市が開かれていて、約160店の古書店の棚はよく変わります。

 私がよく利用する田村書店にはもう半世紀通っていますが、ここのオヤジさんにはいろいろ教えられました。ドイツ文学の本の大半は田村書店で買いました。古書店もそれぞれ得意分野があって、物理の専門書を探していると言うと、それなら○○書店に行けばあるよと教えてくれる。買いたい本を見つけたのに、他の店ではもっと安価であるのではと探していると、ほんの1時間でその本が売れてしまったこともありました。古書店のオヤジさんからは、「同じ本を探している人は最低3人はいる」と言われました。昔は買った本のリストを作っていて月に20万円以上買ったこともあります。フラメンコギターに凝ってスペインに行き、スペイン内戦に興味を持ちました。神保町にあるスペイン内戦の資料はほとんど集めました。

――逢坂さんは開成中学・高校(前身は神田にあった高橋是清が初代校長だった共立学校)を卒業。司馬遼太郎さんの「神田界隈」を久々に読み直した。

 司馬さんは視野が広い。それに綿密な時代考証と研究者以上の専門知識を持っていた。『街道をゆく』では脇道にそれても、余談ですがと興味があることに進んでゆく。まるで、ネットサーフィンをしているようでおもしろい。池波正太郎さんとタイプは違いますが、わかりやすい文章であることは共通しています。東大阪の記念館に行って司馬さんの蔵書を見ましたが、あまりの多さに圧倒されました。神田の高山本店から購入していたことは有名です。私も事務所と自宅に本がたまって大変です。置く場所がないので、ほしい本を買って必要のなくなった本を処分する。最近は、神田の古書店街が私の書庫だと思うようにしています。

週刊朝日  2014年11月14日号より抜粋