視察でサクランボを食べる安部首相 (c)朝日新聞社 @@写禁
視察でサクランボを食べる安部首相 (c)朝日新聞社 @@写禁

「デフレ脱却」「農業・農村所得倍増」と言いながら、米価暴落に補助金激減。いま、農村部では安倍晋三首相が発するメッセージとはまったく逆の事態が起こっている。TPPや、の目のように変わる農業政策に振り回され、苦悩する瑞穂の国の農民たち。「アベノ不況」はすでに始まっている。

 先進的な経営を進める農業法人でも米価下落に苦しんでいる。山形県川西町で農業生産法人「山形川西産直センター」を営む平田勝越さん(48)にとって、今年産米の値下がりは衝撃的だ。

「こんな価格ではほとんどの農家は赤字に転落する」

 93年に農業を始めるまで東京で暮らしていた。ちょうどガット・ウルグアイ・ラウンドの貿易交渉で、コメ輸入解禁が問題になっていたころだ。農水省へのコメ開放反対のデモに違和感を感じた。デモ隊のそばを若い母親が子どもの耳をふさいで通り過ぎていった。

「農家は政府のほうばかり見ていて、お客様であるこの若い母親のことを何も考えていないんじゃないかと感じました」(平田さん)

 川西町に戻って農業を継いでからは、農協に頼ることなく自主流通で販路を広げた。質の高いコメ作りで、米・食味分析鑑定コンクールでは、金賞にも輝いた。コメの味には自信がある。現在は10ヘクタールの農地でコメの栽培をしながら、契約農家からの集荷分も含めて年1万6千俵を販売している。

 それが、14年産米で農協が農家に支払う前払い金(概算金)は、JA全農山形の場合、コシヒカリ1俵(60キロ)あたり前年比で2900円減の8800円。コメの生産費は平均で1俵1万6千円で、人件費を除いても1万円程度かかる。農協の前払い金は相場の目安となるため、経営環境が激変した。急落の理由をコメ卸関係者がこう説明する。

「12年、13年と2年連続でコメが余ってしまい、ほとんどのコメ卸業者が損失を抱えてしまった。農家が再生産できる価格で買いたくても、コメ卸業者にその余力が残っていない」

 山形県には、県をあげて育成しているブランド米「つや姫」がある。その人気は高く、あらゆる品種の米価が暴落するなか、概算金は前年比1200円減の1万2500円だった。

「ただ、つや姫は供給過剰にならないように県が作付け制限をしているため、今年は6反歩(約60アール)しか栽培できませんでした。経営を安定させる規模ではありません」(平田さん)

 平田さんは、シンガポールや台湾など、外国へのコメ輸出も手がけているが、「円安の影響で、今年ようやく黒字になった程度」だ。農林中金総合研究所の行友弥特任研究員は言う。

「輸出額の上位20位を見ても、純粋に農産物と呼べるのは牛肉やりんごなど、それほど多くない。あとは水産物と加工食品がほとんどです」

 安倍首相は成長戦略の一つとして農林水産物・食品のブランド化や輸出倍増を掲げるが、現在のところ農家の経営を安定させるほどの市場規模はない。

 戸別所得補償が半減になった年に襲った米価暴落ショック。山形県の農協関係者は、これから起きる事態に戦々恐々としている。

「11月には、資金繰りに苦しむ農家が続出する」

週刊朝日 2014年11月7日号より抜粋