全61冊、約1万2千ページにも及ぶ『昭和天皇実録』。24年以上をかけて編纂されたものだが、『昭和天皇伝』を執筆した京都大学大学院の伊藤之雄(ゆきお)教授(62)はその欠点を指摘する。

 実録の編纂について感じるのは、歴史学者の三上参次・東京帝大教授が中心となって編纂した「明治天皇紀」がレベルの高い歴史書であったことと比べると、「昭和天皇実録」は、訴えるべきメッセージが不明瞭ということです。

「明治天皇紀」を読むと、列強諸外国と切磋琢磨しながら近代国家として成長する小国の日本、そして明治天皇の姿を感じます。一方で、昭和天皇実録は、社会情勢にはほとんど触れず、お堀の世界だけを切り取り、正確に描いた、という印象です。

 2・26事件後から終戦前年の侍従長による「百武三郎日記」、終戦直後の宮内大臣の「松平慶民手帖」など初出の資料も使いながら、丁重に編纂されてはいます。しかし、戦前の天皇機関説的な天皇像と、戦後の象徴天皇としての天皇像を、実態や天皇の思想をふまえて、統一的にどうなるのかという解釈がなされていない。それがないまま、何人かの執筆者が分担して書いているからでもあります。

 特に、戦時下における昭和天皇の精神状態などは、「高松宮日記」など信頼できる資料に描写があるにもかかわらず、実録では掲載されていません。宮内庁の関係者や研究者だけではなく、歴史好きの読者が昭和天皇に人間としての共感を持つような心理描写や素顔を深く描くことができれば、さらによかった。次の代の実録では、歴史書としての完成度を期待します。

週刊朝日  2014年10月31日号より抜粋