中国政府への抗議デモが起きている香港。フォトジャーナリスト・冨田きよむが現地の様子をレポートする。

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 香港の学生たちが中国政府に抗議して、街を占拠しているという。これまでミャンマー、タイ、カンボジアなど動乱の地を撮ってきた身としては、じっとしていられない。さっそく香港へと飛んだ。

 9月30日夜、空港からまっすぐ、学生が占拠した政府庁舎横の幹線道路へ向かった。その2日前には、デモ隊に催涙弾が使われたという。四半世紀前の天安門事件が頭をよぎる。

 緊張した現場を予想していたが、着いてみると、拍子抜けするほど穏やかな雰囲気だった。ただし、歩くのも困難なほどの人混みだ。およそ3万人。道路を埋め尽くすデモ参加者は、まだまだ増え続けているようだった。

 今回のデモは、香港政府の行政長官選挙の仕組みが民主的ではないと、学生たちが9月22日から、授業ボイコットで抗議したのが始まりだ。28日には、数万人が香港中心部を占拠した。

 平和的に行われていたデモに対して、香港政府は催涙弾を使って学生らを強制的に排除しようとした。これが香港政府にとって大失策だった。「一国二制度をなし崩しにする行為だ」と、市民の強烈な反発を買い、かえってデモ参加者を増やしてしまったのだ。

 翌日もデモ現場へと向かう。それにしても暑い。3日前に警察官の催涙スプレーを防ぐために広げられた雨傘は、強烈な日差しをさけるために使われていた。持ってきた1リットルのミネラルウオーターは、あっという間に飲み干してしまった。市民が差し入れてくれたミネラルウオーターが、私たち報道陣にも配られたのはありがたかった。

 炎天下のアスファルトで、滝のような汗を流している学生たち。その表情は、いたって穏やかだ。

「私たちは普通選挙を求めているだけ。香港の民主主義は限定的ですが、私たちは欧米的な民主主義を求めてなどいません。今より悪くならなければいいのです」

「非暴力で、中国政府と対等な関係での対話を求めているだけです」

 香港の人たちは、ウイグル族弾圧などのニュースを見るたびに、いずれ香港も同じ目に遭うのではないかと不安に思っていたという。

 都市中心部の占拠という点では、3年前の米ニューヨークでのウォール街占拠運動と重なる。ただ、今回のデモは、香港特有の事情も透けて見える。

 香港の面積は、札幌市とほぼ同じ約1100平方キロ。ここに700万人以上が住む。人口密度は1平方キロあたり約6500人で、日本の約20倍。住宅建設が間に合わず、「世界一家賃が高い街」となっている。その上、公共住宅の劣悪さと狭さはアジア随一ともいわれている。デモ現場の対岸、香港・九龍(クーロン)から来ている学生は、香港政府に憤る。

「香港は土地の個人所有が認められていないので、住宅供給の責任は政府にあります。それなのに、親中の政治家は、企業寄りの土地政策を取り続けてきた。彼らに対する怒りが今回のデモに参加する大きな動機になっています」

 デモの現場で、多くの参加者に「あなたは何人?」と質問してみた。学生もいれば社会人もいたが、老若男女すべての人がほぼ同じ答えだった。

「香港人です。中国人と呼ばれたくありません。香港は中国ではありません。そのことは理解してほしい」

 10月2日深夜、行政長官官邸前を学生たちが占拠し、学生側と行政長官の梁振英(リョンチャンイン)氏は対話を始めることに合意した。

 路上の学生たちがあげた「民主化」を求める声が、弾圧で消されてしまわないよう祈るしかない。

週刊朝日 2014年10月17日号