夫婦は家族ではなく「奴隷」? 脚本家夫婦・木皿泉の夫婦観

「やっぱり猫が好き」の原稿料で和泉さんが妻鹿さんにプレゼントした骨董のお皿(撮影/写真部・大嶋千尋)
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「やっぱり猫が好き」の原稿料で和泉さ...

 2003年発表の初の連続ドラマ「すいか」で“木皿ワールド”を世に知らしめた脚本家の木皿泉さん。和泉努(いずみ・つとむ)さん、妻鹿年季子(めが・ときこ)さんの夫婦二人の共同ペンネームだ。同作品で、第22回向田邦子賞を受賞したが、その授賞式の約5カ月後、2004年10月に夫が脳出血で倒れた。その時のことを二人が振り返る。

夫「兆候もなくパタッと。本当に突然だったな」

妻「トムちゃん、熱いお風呂好きだったよね。よく50度くらいのお湯に入ってた。その日は寒い部屋でパンツ一丁でじっとして、いびきかきながらしゃべってて。それでパッと倒れたらもう動けなくなっちゃって。でも意識はあったんだよね」

夫「ずっとしゃべってた」

妻「でも手術したあとはしゃべれなくなって、目も開かないんですよ。ただ意識はしっかりしてた。看護婦さんに『管が取れたら何食べたいですか?』って聞かれて、目をつぶったままノートに漢字で『上海蟹』って書いてた(笑)」

夫「自分がどうなったか、あのときはよくわかってなかった」

妻「手術する前に、医者にも『もう普通の生活は望めない。後遺症は残ります』って言われて。手術が失敗して死んじゃったら木皿泉はやめようって思ったんですよ。で、そのときにね、『この人の何がなくなったらいやなんだろう』ってすごく考えた。才能はなくなっても別にいいし、お金なんてもともとない。車いすになろうが寝たきりになろうがそんなに大きいことじゃない。性格でもないし……」

夫「性格、悪いしね(笑)」

妻「結局ね、私にはこの人の持ってる、ふわんとした、お風呂上がりみたいなイメージがあって、それがなくなるのがいやだったのね。人間って性格とかでもなくて、その人の持ってるイメージみたいなものと別れるのがつらいんだなって。だから『生きて帰ってきたら、全然OKじゃん』って思った」

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