“伝説のディーラー”と呼ばれた藤巻健史氏は、日銀の金融政策には後がないとこういう。

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「喫茶店のコーヒーの値段が、飲み始めたときは1杯6千マルクだったのに、飲み終わったときには8千マルクになっていた」という話がある。1月に1個250マルクだったパンが、年末には3990億マルクになった1923年のドイツの話だ。この値上がりのすさまじさは、タクシー初乗り2キロ700円が1兆1千億円になったと換算できるほどだ。

 給料も毎月上がるだろうが、パンの値段は毎時間上がる。それでは今日、明日のパンは買えたとしても、3日目以降のパンは買えなくなってしまう。このようなハイパーインフレになってしまうと穏当な政策では沈静化できないため、預金封鎖と新券発行という暴力的な方法で資金を吸収せざるを得なくなる。タクシー初乗り1兆円になれば、1039兆円の国の借金は、実質なきに等しくなる。国の財政は再建されるが、国民生活は悲惨である。

 1923年のドイツのハイパーインフレは、戦争のせいだという識者もいるがそうではない。理由は何であれ、戦争時に紙幣を刷りまくり、市中にばらまいたせいだ。そして、日本はいま、異次元の量的緩和で紙幣を市中にばらまいている。

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 欧州中央銀行(ECB)は4日、さらなる金融緩和を決定した。民間銀行がECBに持つ当座預金勘定への金利をマイナス0.1%からマイナス0.2%に変更した。「余剰資金を置いておくとペナルティーを科しますよ」ということで、民間銀行が資金を当座預金に寝かさず融資に回すことを期待している。私が20年来主張し、馬鹿にされ続けたマイナス金利政策の拡充である。効かなければマイナス幅を大きくすればよく、伝統的な金融政策の範疇だ。マイナス10%にでもなれば、景気刺激効果は空前絶後となるだろう。

 一方、ECBは銀行の融資債権を証券化した資産担保証券(ABS)の買い入れを10月から実施することを決定したものの、市場関係者が期待していた国債の購入は避けた。ドイツが反発しているからだと聞く。

 国債を大量購入すれば中央銀行の資産サイドが膨らむ。資産が膨らめば負債も増える。資産サイドと負債サイドがバランスするからバランスシートということを考えれば理解が容易だろう。「中央銀行の負債が増える」とは、紙幣が刷りまくられ市中にばらまかれるということだ。こうなるとブレーキをかける方法がなくなる。1923年の地獄を経験したドイツが強く反発するのは当然だ。

 ハイパーインフレに目配りをするECBは今後ともマイナス金利政策に重点を置いていくと思う。インフレ懸念が出てきたら金利をマイナスからプラスに戻すことで対応が簡単にできるからだ。つまり、ブレーキがあるということだ。

 一方の日本はハイパーインフレのリスクには目をつぶって異次元の量的緩和に邁進している。なぜマイナス金利政策をやらなかったのか? 量的緩和政策を取ってしまった以上、30年間、金融の世界にどっぷりつかっている私でもハイパーインフレ回避の方法が思いつかない。

 黒田日銀は「出口戦略を述べるのは時期尚早」として答えてくれない。ないからではないか? 「異次元の量的緩和」は、大衆迎合の末の「あとは野となれ山となれ」の政策である。

週刊朝日  2014年9月26日号

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藤巻健史

藤巻健史

藤巻健史(ふじまき・たけし)/1950年、東京都生まれ。モルガン銀行東京支店長などを務めた。主な著書に「吹けば飛ぶよな日本経済」(朝日新聞出版)、新著「日銀破綻」(幻冬舎)も発売中

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