住民より人形が多く“住む”村がある。徳島市内から車で2時間半ほど。深い山あいにある三好市の名頃地区を訪れた。
いくつもの細いカーブを越えると、その村は現れる。平家落人の里として知られ、アレックス・カー氏の著書『美しき日本の残像』にも描かれた、東祖谷(ひがしいや)。
この辺りは限界集落が多いが、国道沿いに家が点在する名頃(なごろ)地区を歩くと、いくつもの人影がある。なんとなくにぎやかだ。しかし、みんな動かない……。
集落の人口は47人。24世帯が暮らすが、ほとんどが70~80代。一方、村のあちこちに置かれた人形の数はおよそ150体。役所が作った「かかし基本台帳」まであり、名前や職業、年齢、体重などが書かれている。
この人形を作っているのが、綾野月美さん(65)だ。名頃で生まれ育ち、中学2年のとき、父の仕事の関係で大阪へ。そのまま40年間暮らしていた。戻ってきたのは、12年前。父はすでに一人で帰郷しており、義父母と夫とともに移り住んだ。
人形を作り始めたのは、畑の野菜を鳥から守るためだった。かかしのつもりだったが、人形作りが趣味だった綾野さんが作ると、立派な“作品”に。気がつけば、この10年ほどで300体以上を作っていた。
今年、ドイツ人留学生が製作したドキュメンタリー「The Valley of Dolls」が動画サイトに投稿されると、1カ月で20万回再生され、話題に。今では外国人観光客も来るようになった。
「東京から、『亡くなったおばあちゃんを作ってほしい』と、写真と着物が送られてきたこともあります。作ってあげたらすごく喜ばれて、今もやりとりが続いています。いろいろな人に出会えるのが嬉しい」
綾野さんはそう話す。昨年は「かかしまつり」が開かれ、今年も10月に開催予定だという。
帰り際、ふと振り向くと、「あれ、人形が動いている?」。よく見ると、人間の村人だった。
※週刊朝日 2014年9月19日号