ジャーナリストの田原総一朗氏は、新内閣の塩崎恭久厚労相に注目しているという。

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 4年前の上海万博で、日本産業館のキャッチコピーは「きれい」「かわいい」「きもちいい」の3Kであった。これは世界の国々が日本に感じているイメージでもある。

 だが、このイメージは持続可能どころかいまや破綻寸前である。原因の一つは、自民党がバラマキ政治を続けたために1千兆円という世界一の借金大国になってしまったことだ。しかも、安倍晋三政権の2015年度予算の概算要求の総額は過去最大の101兆円で、バラマキ体制を変えられていない。

 そしてもう一つ深刻なのは、生産年齢人口が確実に減少し、高齢人口が増大していくことだ。

 いったいどうやって歳出を減らし、生産年齢人口を確保するのか。これは難問中の難問である。そして、この最難問を担当するのが厚生労働大臣だ。

 どのマスメディアも指摘しないが、私は9月3日の内閣改造で塩崎恭久氏が厚労相に就任したことにもっとも注目している。塩崎氏は第1次安倍内閣の官房長官であった。もっとも、官房長官としての評判は決して芳しくなかった。率直にいえば、はなはだ悪かった。 

 なぜなのか。能力がないからではない。いささか皮肉を込めていえば、能力がありすぎるのである。

 例えば今年の5月23日、自民党は70ページにおよぶ「日本再生ビジョン」を発表したが、これは塩崎氏がほとんど独力で書いたのである。しかもその中で、アベノミクスとは「日本版シュレーダー改革」と、堂々と書いている。当時の安倍内閣の経済閣僚たちが具体的中身を知れば、驚愕しただろう。彼らは、いずれも日本の経済成長にはバラマキが必要だと力説しているのに、塩崎氏は実はバラマキとは正反対の市場原理主義を主張しているのである。

 話がいささか脇にそれた。塩崎氏は頭は切れるし、勘も良い。だから相手の矛盾や弱点がよくわかり、当然ながら議論には強い。問題は、相手の矛盾や弱点を容赦なく突き、完膚なきまでに論破してしまうことだ。だから、特にエリート意識の強い官僚たちに嫌われたのである。評判が悪いとは、そういうことだ。

 だがその後、不遇の時代が続いたことで、塩崎氏も、いわば大きくなった。我慢することを覚えた。そのことを示すのが、先にあげた「日本再生ビジョン」である。

 シュレーダーというのは、ドイツの、しかも保守ではないSPD(ドイツ社会民主党)の党首として首相を務めた。そして保守党ですらできなかった、市場原理を軸とした強烈な改革を行い、それまではヨーロッパの病人と称されていたドイツを、ヨーロッパ随一の強靱(きょうじん)な国にしたのである。

 したたかになった塩崎氏は、アベノミクスは「日本版シュレーダー改革」とはうたいながら、シュレーダー改革の具体的な中身は書いていない。開陳したら、誰もがおったまげるからであろう。

 塩崎氏を特に厚労相に起用することについて、当然ながら安倍首相は、その意図を話しているはずである。両者は、それこそ阿吽の呼吸で通じ合う関係で、長い話し合いは必要ではない。

 バラマキ体質を一転させ、どうやって歳出を減らし、生産年齢人口を確保するのか。いままで誰にもできなかった思い切った改革を塩崎恭久がどうやりきるのか、注目したい。

週刊朝日 2014年9月19日号

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田原総一朗

田原総一朗

田原総一朗(たはら・そういちろう)/1934年、滋賀県生まれ。60年、早稲田大学卒業後、岩波映画製作所に入社。64年、東京12チャンネル(現テレビ東京)に開局とともに入社。77年にフリーに。テレビ朝日系『朝まで生テレビ!』『サンデープロジェクト』でテレビジャーナリズムの新しい地平を拓く。98年、戦後の放送ジャーナリスト1人を選ぶ城戸又一賞を受賞。早稲田大学特命教授を歴任する(2017年3月まで)。 現在、「大隈塾」塾頭を務める。『朝まで生テレビ!』(テレビ朝日系)、『激論!クロスファイア』(BS朝日)の司会をはじめ、テレビ・ラジオの出演多数

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