“伝説のディーラー”と呼ばれた藤巻健史氏は、企業の事業縮小や撤退のニュースから日米企業に違いがあるとこういう。

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 多くの人が受験に関して、悲喜こもごもの思い出をもっていると思う。大学入試に失敗して入った予備校で「皆さん、入学おめでとうございます」という校長のブラックユーモアに泣き笑いしたこと。1年後、心底心配してくれた祖母に合格報告をした瞬間、頑固に存在し続けた緊張感がす~と溶け去っていくのを感じたこと。これらが私の受験に関する主な思い出だ。

 また、広島大学から突然「今年のAO入試でフジマキさんの文章を試験問題として使わせていただきました。事の性質上、事前にご承諾をいただくわけにはいかず申し訳ありませんでした」と手紙をもらったこともある。朝日新聞be(土曜別刷り)の連載が入試に採用されたのだ。ものすごい名誉を感じた。

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 大手予備校の代々木ゼミナールが、27の拠点のうち20校舎を来春に閉鎖するそうだ。事業縮小は世の常であるにもかかわらず、このニュースは朝日新聞、NHKなど多くのマスコミでかなり大きく取り上げられた。青春の思い出とも絡むがゆえに、受験産業の動向は多くの人の興味を引くのかもしれない。はたまた、今、国民的話題である少子高齢化問題の象徴として捉えたせいかもしれない。

 私自身は、少子化対策は、政府の仕事ではないと思っている。子供を産むか否かは個々人の人生観の問題で、「国のために子供を産めよ、増やせよ」と音頭を取るのは間違いだと思うのだ。「我々世代の介護のために子供を産め」というなら生まれてくる子供がかわいそうだ。少子化が進むのなら、それを事実として受け止め、それに対応するように社会の仕組みを変えることこそが政府の仕事だと思っている。

 私が子供の頃は、人口急増期で「このままいけば人が海にこぼれ落ちてしまう」とか言って、ハワイやブラジルへの移民が推奨された。政府の政策に乗った人は幸せだったのか?

 撤退といえば、米系のシティバンク銀行が日本での個人向け銀行部門の売却を検討していると、8月20日付の朝日新聞などが報道した。米系企業にとっては、撤退や事業縮小は日常茶飯事であり、世間はいちいち騒いではいられない。

 米系企業の割り切りの速さと、日本企業の撤退の遅さは、株主資本主義(米国)か、社会資本主義(日本)かの差から起きていると思う。前者では株主の利益が最優先されるから不採算部門からの撤退は速い。その結果、成長産業に資本も人材も投入されていくから経済がダイナミックに動き、国力は増大する。労働市場も流動化しているから、クビになった従業員も新たな仕事が簡単に見つかる。ゆえに、政府も、不採算部門や企業に補助金を投入し、ゾンビのように生き延びさせることをしない。 

 一方、社会資本主義だと、従業員の雇用確保が過度に重視され、労働法規もその前提で作られているから、不採算部門の整理がなかなか進まない。年功序列制度が残るがゆえに子育てなどで職場を一時的にでも離れる女性の進出は難しい。国全体として成長産業へのシフトが遅れ、国力の衰えに伴って全体としての就業機会は減っていく。

 考えさせられる二つのニュースだった。

週刊朝日  2014年9月12日号

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藤巻健史

藤巻健史

藤巻健史(ふじまき・たけし)/1950年、東京都生まれ。モルガン銀行東京支店長などを務めた。主な著書に「吹けば飛ぶよな日本経済」(朝日新聞出版)、新著「日銀破綻」(幻冬舎)も発売中

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