甲子園で自分の力を最大限に引き出せるよう練習してきた、と大阪桐蔭・峯本は言う。言葉通り、攻守とも見事なプレーで球場を沸かせた。この峯本を「抑えたい」と決勝戦直前、意気込みを語ったのは三重の今井だ。「とにかく毎回、先頭打者を切る。高めは持っていかれるから、ていねいに低めに投げていきたい」。

 対する大阪桐蔭主将・中村は、「(今井は)気持ちで投げてくる。自分たちも気持ちを切らさないようにしたい」。昨秋、勝てると思った相手にコールド負けしてから、粘りの野球を心がけてきた。2ストライクに追い込まれてからの練習も積んだ。「勝ちは意識します。でもここまで来たら自分たちの野球をするだけです」と笑顔を見せた。

 両投手とも連投で、腕の張りもあったろう。が、今井はスライダーやツーシームを低めに集め、福島も外角のきわどいコースを攻め、打たせて取るピッチングで打線を切っていく。

 攻撃では長野、佐田、宇都宮の上位打線が安打で揺さぶりをかけ、三重が試合をリードした。だが7回表、相手のスクイズを察してかわした大阪桐蔭が、この裏巻き返す。中村が詰まりながらも執念でセンター前に弾き返し、2点を追加して逆転。これが勝負を決した。

 1点差に泣いた三重の主将・長野は「このチームで野球ができてよかった」と声を潤ませる。「不安しかなかった1年の頃も先輩たちが優しく教えてくれた。まとめる力もないのに主将になったときも仲間が支えてくれた。そのおかげでやり切れたことを感謝したい」

「スター選手がいなくともチーム力でここまで来られるということが証明できた」とは大阪桐蔭・中村。決勝を戦った2校は全体のバランスに優れていた。個々の技術や意識レベルが高く、プレーが呼応し合っている。ひとりよがりにならず、各状況での自分の役割が的確に見えているのだ。

 野球は基礎を怠っては成立しない。毎日行うキャッチボールやトスバッティングもウオーミングアップではなく、万事のプレーを司るそれらの動作が正確にできているか確認する工程である。この基礎の上に個々が体格や力に合わせた技術を積み上げていくのだ。

 技術を口で解説するのはたやすい。しかし体で覚え、実践に至るまでには並々ならぬ労力と時間を要する。彼らのようにもともとの身体能力が高い選手たちも、地道な練習を繰り返して今に至っているのだ。合理的に最短距離でわかりやすい結果を出すことが重用される昨今の風潮とは相反するかもしれない。だが数々の挫折や苦労を経たからこそ、彼らは本当の意味で野球を楽しめるのではなかろうか。

 決勝戦前、「緊張より、まだ甲子園で試合ができる喜びのほうが大きい」と語る選手が多くいた。衒(てら)いない本心だろう。地鳴りのような歓声の中、大舞台でプレーできる彼らが、私は無性にうらやましかった。

 智弁学園の岡本は「明日からまた練習をします」と淡々と語り甲子園を去った。大阪桐蔭・中村が「今回勉強になったのは明徳義塾戦。岸君はエースで4番、主将という立場で、大変だったと思う」とねぎらった岸は、「甲子園は自分の中に残っているから」と土を持ち帰らなかった。日本文理・飯塚は「僕らは先輩を超えられなかったが、後輩たちが日本文理の野球を引き継いでくれると思う」と言葉を残した。敦賀気比の2年生エース・平沼、「3年生に申し訳ない」と涙を流した龍谷大平安の先発・元氏には来年がある。東邦の藤嶋、智弁学園の村上と、1年生の逸材も登場した。

 観戦する側として来年の楽しみを得た大会。それ以上に、彼らの健闘に様々なことを教わった夏だった。

週刊朝日  2014年9月12日号